便り

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——彼から便りがあったのは、午後の講義が終わり、バイト先まで移動した時だ。 スマートフォンに表示されたニューヨーク州の旗、添えられたシンプルな一言に、肌がざわついた。 「マイ、たすけて」 かつてと同じ内容が、画面に表示されている。 枚田はとりあえずスマートフォンをロッカーにしまって勤務を開始した。 しかし一度彼からのメッセージを見てしまうと、もう、全意識をそちらにもっていかれてしまった。 なぜ一年近くたった今、久々に寄越したメッセージがあれなのだろう。 枚田は皿を拭きながら、あるいはポテトやコロッケを揚げながら、ぐるぐると考えた。 きっと、彼のことだ。ああいう内容でもないと、自ら連絡などできるはずがない。つまり、気を引いたいだけだ——— 休憩中、その結論に達した。そのときはもう、返信はしないでおこうと思った。 しかし、終電近くになり、ようやくバイトから解放されたとき、暗闇から不安が覆いかぶさってきた。 本当に困っていたら? ふと、そんな思いがよぎる。 まさか。彼ももう大学生だし、自分のことぐらい自分で責任をもてるはずだ———— 雑念をふるい落とし、駅前までの道を歩く。帰りの電車の時刻を調べようと、スマートフォンを取り出した時、液晶が着信画面に変わった。 枚田は身構えた。発信主が州だったからだ。 彼から着信がある時点で只事ではないとわかり、パニックで通話に切り替えることが出来ない。 通話ボタンの判別にかなりの時間を要したのち、ようやく耳にあてた。 「もしもし?」 しばらく、向こうからは何も発さなかった。 ただ時折、鼻をすするような音がして、ぽっと落とされた一粒の不安は、たちまち肥大していく。 「薬買ってきてほしい」 やっと出たひと言。州の声はかすれていた。 「どうしたの? 薬ってなに?」 「————」 スピーカーにすがるように問いかけ、彼から答えを受け取ったとき——全身から血の気が引いていった。 すぐに調達して向かうことと、それから住所を送るようにとだけ伝えて、枚田は電話を切った。 その場で深夜でも開いている薬局を調べ、自宅とは反対方向の電車に飛び乗る。 幸い、二駅先の繁華街に一軒、深夜営業のところがあるようだった。 ——薬局に向かう最中も、絶えず自責の念がつきまとった。 バイトが始まる前に連絡をしていたら、こうはならなかったのだろうか。 その間、州の身になにが起きていたのか——考えるだけで、身震いする。 もし彼が、あの時のように嘘をついてくれていたら。 平然とベッドに横たわり、意地悪く笑ってくれたなら、まだ救われると思った。 頼まれた薬は、18歳以上であれば保護者の同意なしで買えるらしい。また、頼まれてはいないが、念のため妊娠検査薬も購入し、州の自宅へと急いだ。
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