αならよかった

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αならよかった

州の自宅はオートロックのマンションだったが、たまたまほかの住人とすれ違ったおかげでスムーズに通過することができた。 学生が多いのか、特に怪しまれることもなかった。 枚田はインターフォンを押さずにノックをした。呼びかけてみても反応はない。 ドアノブを回すと、鍵は開いていた。 「州、入るよ」 廊下は静まりかえっている。玄関にあるのは州のものと思われる小ぶりなスニーカーが一足だけだったが、誰かに蹴られたのか、不自然に転がっていて、アッパーに踏み跡がついていた。 ユニットバスへと続くドアは開きっぱなしだった。 中を覗き込むが、誰もいない。 部屋のドアを開けると、電気はついていなかったが、ベッドに黒い影を捉えた。 この前のように、彼は笑ってはいなかった。 アラームがいたずらに鳴ることもない。 「州」 呼びかけても反応せず、彼はうずくまったまま荒い呼吸を繰り返していた。 毛布にくるまってはいるが、鎖骨や脚が露出しており、服は着ていないようだ。 テーブルの上はビールやチューハイの缶で埋め尽くされていて、州以外の誰かがいた形跡を残している。 そっと近づき肩を叩くと、彼はようやくこちらを捉えた。 焦点が定まると、その瞳から涙が伝う。途端、動悸のようなものが枚田を襲った。 「なにがあったの」 聞くが、彼は俯くばかりだ。 呼吸の仕方と、不安定な目つきを見る限りでは、あきらかに発情している。 この部屋で何が起きたのかは、聞くまでもなかった。 「誰か来てたの? 大学の友達?」 彼は軽く頷いた。 缶の数からして、3、4人はいたのだろう。
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