αならよかった

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「大学の奴らが来たいっていうから呼んだ。みんなで飲んでたら、突然、発情期がきて————」 「薬は?」 州は、首を左右に振った。 「まだその周期じゃなかったから」 「だって州、不安定なんじゃないの、その……」 「最近は安定してたし、うまく薬でコントロールできてたから。まさかこのタイミングでくるとは思ってなくて……」 枚田はそっと彼のうなじを見て、そこに噛み跡がないことを確認した。 「しばらく脱衣所にこもってたんだけど、ドアの下に隙間があいてるから、そこから匂いが漏れてたらしい。様子を見にきたひとりがヒートになって……」 「友達、αだったんだ」 「そうだよ。そこにいた奴ら、全員αだった」 枚田は唇を噛み締めた。 彼の言い方から察するに、その場にいた全員に、好きなようにされてしまったということだろう。 「でも、αも普通なら抑制剤打ってるよね? だったらなんで……」 「俺だって知るかよ! そんなこと」 彼が声を荒げる。 ここまで感情的な州を見るのは、初めてだった。 おそらく、Ω同様、αにも一概にはいえない複雑さがあるのだろう。 しかし、いくらなんでも全員がヒートを起こすことは考えにくい。中には便乗した者も混ざっているはずだ。 じわじわと広がっていく悔しさを、枚田は必死に奥歯ですり潰した。 「俺はただ、友達を家に呼んだだけだ。集まって飲むなんて、普通のことだろ?」 「州」 「なんでこんなことになるんだよ……」 なんで。なんで俺だけ———— 涙とともに出た、州の叫び。 たまらず抱き寄せると、彼も素直に腕を回してきた。 発情した体は、どこもかしこも熱かった。 「とりあえず、薬飲もう?」 枚田はいったん体を離し、ビニール袋を漁った。 アフターピルとミネラルウォーターを取り出し、差し出す。 肩に手を回すと、いつもより彼を小さく感じた。 「俺、もう嫌だ……」 手のひらにのせた錠剤を見つめながら、ふたたび弱音を落とす。 背中をさすって促すが、彼の意識はどこか遠くへと行ってしまっているようだった。 「全部終わらせたい」 枚田は目を伏せ、痛みに耐えた。 州の——腹の底にいつもあるであろう感情は、今まで受けたどんな苛烈な言葉よりも堪えた。 彼の叫びは、ついに枚田の足元まで押し寄せてきてしまった。 途端、窒息しそうになる。 強気で生意気な彼が恋しいとさえ思った。
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