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「結婚を前提に付き合ってほしいって言われた」
「え!」
思わず声をあげると、州がそれに驚いて軽く振り返った。
「ずっと俺のこと好きだったんだって。ああなったのは不本意だから、責任取りたいんだと」
それから、渇いた嘲笑のようなものを吐き出した。
つまり、相手は本気なのだろう。
できるかぎりの誠意をぶつけに、州の自宅までやってきたわけだ。
「付き合うの……?」
枚田の問いかけは、あまりにも不安を含みすぎていた。
州が口角を上げる。声こそ発さなかったが「ばか」と言ったのが、唇の動きでわかった。
「付き合うかよ。そこらのαと結婚なんかするか」
そこらのα——さきほどの彼がその一括りになっていることにほっとし、脱力する。州に抱きついてしまいたい衝動は、彼の「でも」という言葉によって消失した。
「なんか最近、大学でそういうの多いんだよな」
「そういうのって?」
「そういうのだよ」
告白、もしかすると求婚ということかもしれない。
「あれ以来、俺がΩって噂が広まってるんだろうな。たぶん」
「州がΩだからなんだっていうの」
「たぶんまだ、そういうのがあるんだよ」
「そういうのって?」
察しの悪い枚田に苛立ったのか、州は早口で続けた。
「うちの学校、α多いらしいし。できるだけαの子どもが欲しいっていう古臭い家が——まだあるってこと」
そこでようやく腑に落ちて、己の理解力の乏しさに恥ずかしくなった。
一般的に、Ωはαの子を宿しやすいと言われている。それはα同士で交配するよりもより確実らしい。
今の時代、表向きには差別がなくなったとはいえ、内心ではやはり、エリートはエリートの遺伝子を残したいものなのだろう。
州のような優秀で見た目も美しいΩならば、多くのものから求愛されるのは、当然といえば当然のことだった。
「あーあ、めんどくさ。普通に生活していきたかったのに」
冷静なひと言に、巨大な落胆がのしかかっている。
自分がどうにかなってしまう恐怖、集まってくる好奇の眼差し、それから——もう対等には見てもらえないであろう絶望。
闇の淵に追いやられたとき、彼はまたきっと消えてしまいたいと思うのだろう。
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