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「なんで一度も席に来ないんだよ」
「ごめんね。今日ずっとキッチンに入ってた」
州は咳払いをして、スマートフォンを胸ポケットから出した。
決済をしてからふたたびしまった後も、腕組みをしながら、じろじろと見つめてくる。
叱責されると思いきや、次の瞬間、彼はからりと笑った。
「似合ってんじゃん」
「ん?」
「作務衣」
アルコールが入って上機嫌なせいもあるのだろう。彼からの褒め言葉を受けて、枚田の強固な思いは解れ、途端に、顔を出さなかったことへの後悔が込み上げてきた。
枚田は前掛けのポケットに手を突っ込み、さりげなく州に身を寄せた。
「俺もあと30分で上がるんだよね。州、一緒に帰らない?」
枚田は、彼が肯定してくれる前提で話を振った。
しかし、予想に反して、州は入り口のほうを一瞥してから首を左右に振った。
「いや、このあと外園の家で飲み直すことになってるから、今日は戻らない」
ざわざわとしたものが這い上がってくる。
まさか、そう来るとは思わなかった。
「家に行くの?」
「ふたりじゃないよ。みんないるから」
フォローのつもりなのだろうが、ざわめきはおさまらない。
咄嗟に言葉が出ないのを、承知だと捉えたのだろう。
「今は発情期じゃないから。心配するな」
州は軽く笑みを浮かべると、片手を上げて出て行ってしまった。
——ふたりきりじゃないから安心だと、なぜ言えるのだろう。
彼が付き合っているメンバーは固定化されていて、ほとんどが入学時からの友達だという。
つまり、一部、下手したらすべて——あの一件があった時に居合わせた奴らだろう。
理解ができなかった。
あんなことがあった後に変わらず付き合えることも、ましてや酒が入った状態で外泊することにもだ。
そもそも、州の発情期のリズムは不安定だ。突然その時が訪れる可能性もある。
それに、発情期のセックスの味を知ってしまった奴らだ。内心ではまた、ああいう展開を期待しているかもしれない。
たとえ発情しなくても、州が先に酔い潰れでもしたら————
一度はキッチンへと身を滑らせたが、不安は募る一方だ。
「“シュウ”は帰ったんですか?」
佐竹の声がトリガーになり、枚田は衝動的に前掛けを外して彼に押し付けた。
「ごめん、ちょっと早いけどもう上がる」
佐竹の反応も待たずにスタッフルームのドアを開けると、それが閉じ切らないうちに上着だけ掴んでふたたび外に出た。
その格好のままで?
佐竹の声が遠くから聞こえたが、かまってなどいられなかった。
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