独占欲

4/7
前へ
/193ページ
次へ
「なんで一度も席に来ないんだよ」 「ごめんね。今日ずっとキッチンに入ってた」 州は咳払いをして、スマートフォンを胸ポケットから出した。 決済をしてからふたたびしまった後も、腕組みをしながら、じろじろと見つめてくる。 叱責されると思いきや、次の瞬間、彼はからりと笑った。 「似合ってんじゃん」 「ん?」 「作務衣」 アルコールが入って上機嫌なせいもあるのだろう。彼からの褒め言葉を受けて、枚田の強固な思いは解れ、途端に、顔を出さなかったことへの後悔が込み上げてきた。 枚田は前掛けのポケットに手を突っ込み、さりげなく州に身を寄せた。 「俺もあと30分で上がるんだよね。州、一緒に帰らない?」 枚田は、彼が肯定してくれる前提で話を振った。 しかし、予想に反して、州は入り口のほうを一瞥してから首を左右に振った。 「いや、このあと外園の家で飲み直すことになってるから、今日は戻らない」 ざわざわとしたものが這い上がってくる。 まさか、そう来るとは思わなかった。 「家に行くの?」 「ふたりじゃないよ。みんないるから」 フォローのつもりなのだろうが、ざわめきはおさまらない。 咄嗟に言葉が出ないのを、承知だと捉えたのだろう。 「今は発情期じゃないから。心配するな」 州は軽く笑みを浮かべると、片手を上げて出て行ってしまった。 ——ふたりきりじゃないから安心だと、なぜ言えるのだろう。 彼が付き合っているメンバーは固定化されていて、ほとんどが入学時からの友達だという。 つまり、一部、下手したらすべて——あの一件があった時に居合わせた奴らだろう。 理解ができなかった。 あんなことがあった後に変わらず付き合えることも、ましてや酒が入った状態で外泊することにもだ。 そもそも、州の発情期のリズムは不安定だ。突然その時が訪れる可能性もある。 それに、発情期のセックスの味を知ってしまった奴らだ。内心ではまた、ああいう展開を期待しているかもしれない。 たとえ発情しなくても、州が先に酔い潰れでもしたら———— 一度はキッチンへと身を滑らせたが、不安は募る一方だ。 「“シュウ”は帰ったんですか?」 佐竹の声がトリガーになり、枚田は衝動的に前掛けを外して彼に押し付けた。 「ごめん、ちょっと早いけどもう上がる」 佐竹の反応も待たずにスタッフルームのドアを開けると、それが閉じ切らないうちに上着だけ掴んでふたたび外に出た。 その格好のままで? 佐竹の声が遠くから聞こえたが、かまってなどいられなかった。
/193ページ

最初のコメントを投稿しよう!

427人が本棚に入れています
本棚に追加