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「じゃあこんなのどう? 俺がクリスマスにキックスケーター貰う。それをいつでもマイに貸す。マイはアイクラ貰って、たまに俺に貸す——交換条件」
枚田は香りにつられるあまり、彼の提案をないがしろにした。
再度、彼の首筋に近寄って鼻を鳴らすが、もう香らない。
そもそも、無添加志向の強い母親をもつ彼からは、シャンプーはおろか、洗剤のにおいすらしないのだ。
だから、今のあれがなんだったのかは、結局わからずじまいだった。
「それでどう?」
「あ、うん……」
「じゃあ決まりな」
においの煙に巻かれ、意思がうやむやになる。すっかり機嫌を良くした彼は胡座をかいて姿勢を正した。
「ふたつプレゼントが手に入ったみたいでいいだろ? マイもアイクラやりたがってたじゃん」
「うん……」
本当は自分専用のキックスケーターが欲しかった。もしゲームソフトを貰うならば、ほかに欲しいタイトルもある。
しかし、不本意を露わにすれば、たちまち彼の機嫌は悪くなるだろう。
それが億劫で、大人しく肯定するしかなかった。
——枚田は、彼のこういうところが嫌だった。
こちらが反論しようとすると、理屈をこねられ、うまく言いくるめられてしまう。頭の回る彼にはいつだって敵わず、結果として、彼の要望が自分の要望となってしまう。
しかしそれは、どちらかというと、彼よりも自分自身に対しての苛立ちだったように思う。
それに、州は決して、悪い面ばかりではなかった。
リコーダーもそうだが、宿題などの勉強は文句を言いながらも教えてくれたし、遅刻しないよう、毎朝かならず迎えにきてくれた。面倒見がよく、鈍くさい枚田をフォローしてくれる機会も多かったのである。
また枚田の母親は、しっかり者の州を信頼し、枚田のあらゆることを彼に頼っているふしがあった。
枚田は、そんな州に対して、感謝と歯痒さ——ひどく噛み合わせのわるい感情を常に抱いていた。
彼には、時に利用されているという被害者意識を感じることもあれば、思いやりに心打たれる瞬間もあった。
少なくとも、一定の感情ではない。アンバランスでアンフェア、単純な友情とは違う——
漠とした感覚が、そういった歯痒さや苛立ちから来ているのか、それともまったく別のところから来ているのか、幼い枚田にはまだわからなかった。
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