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モラトリアム
「それでなんでエビフライなんですか」
佐竹の声が、油のはじける音をかき分けるようにして食い込んでくる。
スマートフォンのスピーカー越しだと、彼の声はいつもより高く、室内に響いた。
「いや、なんか急に食べたくなって」
鍋のなかで丸まっていくエビを中を時折、菜箸でつつきながら、枚田は答えた。
昨夜、なかなか眠れずに布団のなかでスマートフォンをいじっていたら、いつのまにかエビフライのレシピ動画にたどり着いた。
それを見ていたら、久々に胃に収めたくなったのだ。
「枚田氏って、もしかしてレッドリストに指定されてます?」
「え? どういうこと?」
「揚げ物する男子大学生って相当に稀じゃないですか。うちの姉でもしませんよ。主婦だけど」
「大げさだよ」
枚田だって、手の込んだ料理をする趣味はない。無心になれそうだと思って手にしたのが、たまたまエビだったまでだ。
「話を戻すと、それが正しい選択だと思いますよ」
佐竹の言葉を受けて、衣が小麦色になったエビを摘んだまま、枚田は動きを止めた。
佐竹は、枚田の返答を待たずに続けた。
「だって枚田氏、“シュウ”と暮らし始めてから、べったりじゃないですか。彼が発情期のときは一緒に閉じこもって、バイトにも大学にも行かないという」
「今はそんなに、閉じこもることも少ないけど」
「でも、交友関係を狭めたままなのは事実ですよね」
「……この前の飲み会、ドタキャンしたことまだ根にもってんの?」
「まあ、少しは」
気づけば、鍋の中のエビが黒ずんできている。
慌てて摘みあげ、皿に乗せていった。
「そりゃ、あの時は悪かったけどさ」
「バイトの飲み会以外もですよ。“シュウ”以外の誰かと遊んだり飲んだりしてないですよね」
「そんなこと……」
否定しきれず、言葉に詰まってしまう。
州はあれから、枚田の心配するような行動を取らなくなった。
基本的には勉学と就職活動に時間を割いているし、友人の家に行くことも、遅くまで飲んで帰ってくることもない。
彼を縛りつけてしまったという自覚から、枚田も人付き合いをすることに、ますます躊躇を覚えるようになった。
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