モラトリアム

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「いいじゃないですか名古屋。いったん離れてみるのもありだと思いますよ」 「でも、それじゃあ州が……」 「自分でなんとかするんじゃないですか。大人なんだから」 軽々しく言われて、つい腹が立った。雑音で気を紛らわそうと、換気扇のスイッチを強にする。 「佐竹はわかってないよ」 そうかなぁという、彼の独り言が風の音に混ざって聞こえてくる。 「“シュウ”には“シュウ”の、枚田氏には枚田氏の人生があるわけじゃないですか。いつまでもふたりでってわけにはいかない。それをわかってるから、“シュウ”も枚田氏に好きにしろって言ってくれてるのではないかと」 「でも、州は……」 まず冷静な判断を下してくれる人にと、佐竹に電話をしたが、間違いだったかもしれない。 言い返すこともできずに、苛立ちを換気扇に向かって吐き出した。 あれから選考は進み、M社から内々定の連絡がきたのは、つい数時間前のことだ。 初めての内々定は、どちらかと言うと、喜びよりも、戸惑いのほうが強かった。 本来、明るいはずの未来が、州とのことを思うと真っ暗になるのだ。 彼になんて報告をしよう。それから自分は、どういう判断をすればいいのか———— 気持ちを落ち着けるためにスーパーに立ち寄り、こうして慣れない揚げ物などしているのだった。 「とにかく、今の関係は……側から見てると奇妙なんですよ」 「奇妙って?」 「愛情とか友情っていうよりも、執着というか、共依存みたいな感じというか。なんとなく、健全じゃない気がするんです」 辛辣なひと言が、油気とともに換気扇に吸い込まれていく。 黒ずんだ衣が散った鍋の中を覗き込みながら、枚田はただ呆然とした。 「間違ってないと思うからはっきり言いますけど、枚田氏はいったん環境変えたほうがいい」 「なんで?」 「“シュウ”のいない世界を一度でも見て、自分だけのことを考えてみてください」 言うだけ言うと、佐竹は宅配便が来たとかで、健闘を祈るという雑な鼓舞だけを残し、電話を切ってしまった。
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