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マイのおかげ
「マイー、久しぶり」
学校から帰宅すると、ドアの前に環が立っていた。
鞄には見覚えのあるエンブレム。兄と同じ制服に、似たような背格好だから、遠くからだとまるで学生時代の州を見ているようだった。
「どうしたの」
近づくと、彼はエコバッグを差し出してきた。中には冷凍された惣菜類らしき保存容器が入っている。
「お母さんが昨日、張り切っていろいろ作ってた」
男ふたりの生活では食生活も偏るだろうと心配しているらしい。州の母親は定期的にこうして料理を作り、環に届けさせる。
だから、環とは数ヶ月に一度、顔を合わせるのだった。
もっとも、彼がやって来るのはだいたい木曜日の夕方で、その時間帯、州はもれなく塾講師のバイトで不在にしているから、応対するのはほとんどが枚田なのだが。
「ありがとう。州はいないけど、中入る?」
「うん。じゃあちょっとだけ」
彼はいつも、塾に行く途中に訪ねてくるので、寄っていくとしてもせいぜい30分程度だ。
余計な心配をかけたくなくて、州が家出をしていることは伏せておこうと思った。
「お母さんが、実家にも遊びに来いって言ってたよ」
脱いだ靴を丁寧に揃えながら、環が言う。
一緒に暮らし始めてから、実家のほうには久しく遊びに行っていない。たまには差し入れのお礼も兼ねて伺わなくてはと思いつつも、なおざりにしていた。
「ほら、うちのお母さん、マイのこと大好きだからさ」
「それはありがたいな」
枚田は笑って流しながら、冷蔵庫から炭酸飲料のペットボトルを取り出して、環に渡した。
「ありがたいのはお母さんの方だと思うよ。よく言ってるもん。マイには感謝してもしきれないって」
「別に感謝されるようなことしてないよ」
「州ちゃんのそばにいてくれるだけでありがたいんだよ。お母さん、ずーっと心配してたから」
環は立ったまま、ペットボトルに口をつけた。
枚田もなんとなく手持ち無沙汰で、冷蔵庫から同じ飲み物を取り出す。
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