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「それに、俺も感謝してるし」
「え?」
「州ちゃんが発情期で、精神的に落ちてた時、マイがよくしりとりしてくれたじゃん? 夜中に、メッセージの通知音が州ちゃんの部屋から聞こえてくると、安心したもん。ああ、今はひとりぼっちじゃないんだなって」
環はペットボトルの口を指でなぞりながら、らしくない白状をした。
いつもの世間話とは違う、話の切り出し方に、枚田は動揺する。
「なに? いきなりどうした?」
「別にどうもしないよ」
環はけらけらと笑いながら、椅子ではなくダイニングテーブルに腰掛けた。
どうもしないわけがない。
環の会話が皮肉ではなく、感謝から始まるなんて——只事ではないのだ。
「ただ、あのやりとりが、州ちゃんのギリギリの状態を繋いでくれてたんだなって思ってるから」
違和感がみるみる膨らんでいく。
まるでなにかが一区切りするかのような口ぶりだ。
州の不在時にわざわざやってきたのも、意図があってのことなのかもしれない。
「州ちゃん、どう?」
「どうって?」
「体調だよ。副反応とかなかった?」
意味がわからず、目を瞬かせるしかなかった。
また、そんな枚田を見て、彼も違和感を覚えたらしい。
「抑制剤のこと聞いてないの?」
「抑制剤? だって州は——」
「新薬が出て、それが州ちゃんにも合いそうだってことで、ちょうど3ヶ月前に打ったんだよ」
初めて聞く事実だった。
たしかに、3ヶ月前といえば、ちょうど彼のサイクルが変わったタイミングだ。
「でも気づかなかった? 発情期、来てないでしょ」
「いや——むしろ頻度は上がってる。週に2回は発情してるし……」
「え? 本当に?」
「うん。そのかわりすぐに波が引くみたいだけど。だいたい今は一回しただけで……」
そこまで言って、枚田は慌てて口をつぐんだ。実の弟を前に、兄の性生活をひけらかす必要もないだろう。
しかし、環はすでににやついている。
「ふーん。やっぱマイと州ちゃんってエッチしてるんだね」
「そりゃあ、一緒に住んでるんだし……」
ばつがわるくなり、下を向いた。
枚田にとって環は、出会ったころ——まだ幼かった時のままなのだ。
だから彼とは、このままなんとなく清潔な会話を保ちたかった。
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