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「今の、頻度が上がってるってやつだけど——それ、本当に発情期だと思う?」
「え?」
州が自らそう言って誘ってくるのだから、特に疑いもしなかった。
第一、州から発情期がなくなるという発想すら、いままでなかったのだ。
「州ちゃんが、抱いてほしいって素直に言えると思う?」
「でも……」
「それが州ちゃんなりの誘い方なんだと思うけどなぁ、俺は」
まさか——鼻でわらいかけて、ふと思い直す。
たびたび発情しては、たった一度で満足する。
サイクルの急変を心配する枚田をよそに、州は至って楽天的だった。
枚田に、抑制剤のことを話さなかったのだって、体を繋ぐ口実がなくなってしまうと思ったのかもしれない。
「俺的にはすごく前進したなーって思うよ? 州ちゃんがマイに名古屋に行けって言えたことがさ」
「そうかな」
「うん。マイのおかげ」
環はそう言うと、鞄を肩にかけて、ペットボトルをしまった。
枚田はただ、背後で彼が靴を履くのを見ていた。彼の靴はよく磨かれている。汚いスニーカーではなく、本革のローファーなのが、いかにも環らしいと思う。
「これからまた塾? 気をつけてね」
「ううん。今日はサボって彼氏んち行く」
枚田は一瞬、耳を疑った。彼氏ということは、男なのだろう。
付き合っている相手がいることも、今初めて知った。
「環、恋人できたの?」
「うん。俺より3こ上なんだけどね、可愛いよ。州ちゃんより可愛いって思った人、初めてかも」
勉強ばかりしているくせに、どう時間のやりくりをしているのだろう——ある意味、感心する。
瞬間、靴を履き終えた環が勢いよく振り返った。
彼の髪からはいい匂いがしたが、州の放つ芳香とは異なっていた。
「あ、でも州ちゃんには内緒ね。泊まるとかいうと、すっごいうるさいから」
州は環を溺愛しているから、言い方をいくら気をつけたところで快く思わないだろう。中学時代、環に彼女ができたときもその態度は露骨で、途端に過干渉になった。
友達に毛の生えた程度の、中学生同士のままごとにさえ気を揉むぐらいだ。年上の、それも男と付き合っていると知ったら、どんな反応をするだろうか—————
「そりゃうるさくもなるよ。大事な環が、よその男に好きにされてるなんて知ったら、どうなるか……」
途端、環は馬鹿馬鹿しいとばかりに、声を出して笑った。
「マイ、俺はαだよ」
そう言われても、枚田はそれがなにを指しているのかがわからなかった。
環の可憐な容姿に引きずられたままでいたからだろう。
「彼氏はΩだもん。むしろ好きにさせてもらってるのは俺のほう」
そう言って笑った彼の目は勝気で、州にはないぎらついた光を放っていた。
垣間見た彼の獰猛さに、枚田はあっけにとられ、「気をつけて」のひと言を伝えそびれてしまった。
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