生前

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彼のいない日常は、どこか欠けたままでも、なんとなく、どうにかして平穏に過ぎていく。 それでも枚田は、彼から呼びつけられたら、すぐさま駆けつけただろう。 しかし、彼は大人になり、自分の体調をコントロールできるようにもなったのだ。 ——抑制剤のことは、枚田が名古屋に行く直前に、本人の口からさりげなく聞いた。新薬が出たという短い報告だけで、既に打ち始めているという事実は、結局伏せられたままだった。 その後、電話で何度か経過について尋ねたが、発情の症状は抑えられているということだった。 そうなると、自分の存在価値を改めて思い知らされるようだった。 完全に交わりはしないまでも、どうにかして平行だった行路は、今やすっかり遠のいてしまったのだ。 そんな気落ちもあって、気づけば目の前のことに没頭する——州曰く「楽な方にすぐ流される」悪い癖が出てしまったのである。 もともと連絡をするのはほとんどが枚田からだったから、こちらがそれを怠ると、みるみる減っていった。 彼との同居期間で得た自信は、遠距離の生活で少しずつ、すり減っていったのだった。
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