422人が本棚に入れています
本棚に追加
/193ページ
疲れてるな。
それが、久々に聞いた州の声の印象だった。
土曜日の夜、思い切って電話をしてみたら、それほど待つこともなく繋がった。
「あ、ごめん。外だった?」
背後で車の音がして、枚田は躊躇した。彼は土日でも仕事で出かけることが珍しくないからだ。
「いや、もう帰るとこ。今日、久々に大学の奴らと会ったから」
「あ、そうなんだ……」
なんてことのない言葉が、体のあちこちに引っかかる。
今日、休みだったのなら、なぜ教えてくれなかったのか。
大学の仲間ということは、外園もいたはずだ。口を開けば忙しいとばかり言っているのに、彼と会う時間はわざわざ作ったということだ。
今もしこちらから電話をかけなかったら、枚田はその一切を知らずにいたのだろう。
いや、今までだってきっと————
「で? どうしたんだよ」
「どうしたって……。州の声が聞きたかったから」
州は違うの?
むっとして、膨らみかけた不満をスピーカーに向かって吐き出したくなった。
それをしなかったのは、ここ最近の自信喪失のためだ。
彼の声は疲れていたし、下手に咎めて面倒臭がられたら、よくない方向に転んでしまうのではないかと思った。
「体調はどう?」
枚田は、話題を切り替えた。
「まあ、ちょっと疲れてる」
素直な反応に、枚田はやや驚いた。
声を聞けばわかることだが、彼が自分から疲労を訴えるのは珍しい。決してストレスに鈍いわけではないのに、それを隠したがるところがあったからだ。
「もしかして、抑制剤の影響? 副作用とか——」
「いや。単に仕事が忙しいだけ。寝不足が続いてるから」
それから、空咳を数回する。
枚田は、彼の薄っぺらい肩が咳によって揺れるのを、なんとなく想像した。
「マイはなんか、楽しそうにやってるみたいじゃん」
「え?」
「SNSの、会社のアカウント見た」
「あぁ……あれは別に」
会社のSNS公式アカウントでは、社外向け広報の情報のほか、社内の様子を発信している。
「新入社員のMくん。名古屋でしてみたいことは、喫茶店モーニングだそうです——」
彼が見たのはたぶん、入社して間もない頃に行なわれた新入社員へのインタビューだろう。
大したことは話していないが、それでも社内での様子を盗み見されているみたいで恥ずかしかった。
「で、無事に食べられたわけ?」
「ああ、うん」
「そっちの友達と?」
「友達っていうか同期と……」
見知らぬ土地での生活だ。何せ時間はたっぷりあった。
同期には枚田のように違う都道府県から来ているものもいて、特に、週末に会う恋人がいない者とは、必然的につるむようになったのだ。
「楽しそうにやってんじゃん」
「別に……普通だよ」
彼の声に、嫉妬めいたものが混ざっていないのことが不本意で、枚田は唇を噛み締めた。
本音を言えば、枚田はいつだって東京に帰りたかった。初めてモーニングに行く相手は、同期じゃなくて州だと思っていたのだ。
最初のコメントを投稿しよう!