生前

6/7

422人が本棚に入れています
本棚に追加
/193ページ
その日、枚田は予定通り、大ホールにあるハリボテの一角に押し込められていた。 年に一度催される大規模な合同展示会に毎回出展しており、そのヘルプ要員として駆り出されたのだった。 自社ブースの前に立ち、参加者にOA機器の説明をして、形式的に名刺交換をする——その繰り返しだ。 イベント自体は午前中から昼前までが最も混雑し、その間、枚田はひたすら来客対応に追われた。 昼に差し掛かると、ようやく人の波が引き、ぴんと張ったままだった背筋を、呼気と共に緩めることを許されたのだった。 疲れたね。 初日の混雑なめてたわ。 名刺配り過ぎて足りなくなるかもー。 同じく接客に配置された同期とたわいもない雑談をしながら、なにげなくブースの外へと目をやったとき——初めてその存在に気づいた。 まばらになった人の切れ目から、光沢が漏れてくるような——懐かしい感覚。 グレーのスーツに身を包んでいても、眩い境界線のせいで、周囲に馴染むことがない。 まるで彼だけが気泡に包まれているかのように、つるりとした光沢を放ちながら、その場に漂っていた。 枚田は同期との会話をやめて2、3回瞬きをし——それからブースを出てその気泡に近寄った。 「州?」 見慣れないネクタイ姿だが、あつらえたように彼に馴染んでいる。 だが、その目は落ち窪んでいて、さらに痩せたようだった。 「なんでいるの!? 出張は?」 「明日から。たまたま近くでアポがあって。ちょうど展示会やってたから、もしかしたらこれかなって」 結局、州にはその詳細を伝えていなかった。 だから、まさか会えるとは夢にも思っていなかったのだ。 「いつからいたの?」 「1時間前ぐらい」 「そんなに前から?」 「ここでずっと、マイの仕事ぶりを見てた」 州はコンクリートが剥き出しになった壁に寄りかかり、枚田を見つめた。穏やかというよりは、覇気のない目だった。 「州、仕事忙しいの?」 「暇ではない」 本当は頬や唇に触れたかったが、堪えて腕をさすった。腕もさらに細くなったようだった。 「マイ、展示会の間は実家に泊まってんの?」 「いや——朝とか早いし、近くにホテル取った」 「そう」 目を伏せたときの長いまつ毛を見下ろす。社会人になってから初めて——実に、半年ぶりの再会だった。
/193ページ

最初のコメントを投稿しよう!

422人が本棚に入れています
本棚に追加