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その日、枚田は予定通り、大ホールにあるハリボテの一角に押し込められていた。
年に一度催される大規模な合同展示会に毎回出展しており、そのヘルプ要員として駆り出されたのだった。
自社ブースの前に立ち、参加者にOA機器の説明をして、形式的に名刺交換をする——その繰り返しだ。
イベント自体は午前中から昼前までが最も混雑し、その間、枚田はひたすら来客対応に追われた。
昼に差し掛かると、ようやく人の波が引き、ぴんと張ったままだった背筋を、呼気と共に緩めることを許されたのだった。
疲れたね。
初日の混雑なめてたわ。
名刺配り過ぎて足りなくなるかもー。
同じく接客に配置された同期とたわいもない雑談をしながら、なにげなくブースの外へと目をやったとき——初めてその存在に気づいた。
まばらになった人の切れ目から、光沢が漏れてくるような——懐かしい感覚。
グレーのスーツに身を包んでいても、眩い境界線のせいで、周囲に馴染むことがない。
まるで彼だけが気泡に包まれているかのように、つるりとした光沢を放ちながら、その場に漂っていた。
枚田は同期との会話をやめて2、3回瞬きをし——それからブースを出てその気泡に近寄った。
「州?」
見慣れないネクタイ姿だが、あつらえたように彼に馴染んでいる。
だが、その目は落ち窪んでいて、さらに痩せたようだった。
「なんでいるの!? 出張は?」
「明日から。たまたま近くでアポがあって。ちょうど展示会やってたから、もしかしたらこれかなって」
結局、州にはその詳細を伝えていなかった。
だから、まさか会えるとは夢にも思っていなかったのだ。
「いつからいたの?」
「1時間前ぐらい」
「そんなに前から?」
「ここでずっと、マイの仕事ぶりを見てた」
州はコンクリートが剥き出しになった壁に寄りかかり、枚田を見つめた。穏やかというよりは、覇気のない目だった。
「州、仕事忙しいの?」
「暇ではない」
本当は頬や唇に触れたかったが、堪えて腕をさすった。腕もさらに細くなったようだった。
「マイ、展示会の間は実家に泊まってんの?」
「いや——朝とか早いし、近くにホテル取った」
「そう」
目を伏せたときの長いまつ毛を見下ろす。社会人になってから初めて——実に、半年ぶりの再会だった。
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