初夏のできごと

2/3

422人が本棚に入れています
本棚に追加
/193ページ
たまたま扉が開いていた多目的ホールと称される空き教室に勢いで入った時、展示物は視界の片隅には入っていた。 しかし、ふたりともあまりにも興奮していたのだ。 「捕まえた!」 州を捕らえ、体をくすぐると、彼は身を捩って抵抗した。それをさらに枚田が背後から抑え込む。 「くすぐったいって」 彼が上擦った声で訴えるたびに、枚田は体がむずむずとして、執拗に彼を追い回した。 「マイ、もうやめろって……っ」 ふざけ合っているうちに、ふたりして展示物に接触してしまったのだ。 みしりと軋む感触、床に叩きつけられる音——それらを感知した時には、展示物はもうただの残骸となって床に転がっていた。 「あ……」 展示物は新聞紙や端材などを用いた巨大な恐竜のオブジェで、上級生が時間をかけて作った工作物だった。秋に行なわれる芸術発表会用に準備されていた。 2体ある恐竜のうち、奥にあったティラノサウルスは無事だった。被害を受けたのは手前にあったトリケラトプスで、頭部の二本の角と、尻尾が折れてしまっていた。 「どうしよう」 途端、心細くなる。枚田が泣きそうな声を上げると、州は冷静に破損してしまった部分に近づき、触れた。 「ちょっと待ってろ。マイは触るな」 州はなんとか修復を試みようとしたが、わりに複雑な骨組みをしており、やはり自力では難しそうだった。 そもそも高学年の生徒が何人も集まって作ったものを、下級生である自分達が短時間でどうにかできるはずもない。 「やばいよ。どうすれば……」 ふたりして絶句し、ただ散らばったパーツを見下ろしていた。 突然やってきた絶望。 弱音をこぼす枚田に対し、州は黙ったままだ。 内心は彼も不安だったに違いないが、枚田に先を越され、吐露するタイミングを失ってしまったのかもしれない。 時間が、ゆっくりと流れていくようだった。 「そこで何してるの?」 ふたりして項垂れていると、担任の積田(せきた)がたまたま通りがかった。 正しく把握はしていないが、この男性はそのころたしか30代半ばで、未婚だったと記憶している。 人生が終わったと、大袈裟ではなく思った。 枚田は、爬虫類のような陰湿さがあるこの担任がどうも苦手だった。 小学生相手にねちねちと理詰めをしてくるようなタイプで、朗らかとは言い難かったし、のんびりした性質の枚田は、彼の癇に障るらしく、目をつけられているふしがあったのだ。 この男に目撃されてしまった以上、これからの学校生活が明るくないであろうことは目に見えている。 「これどうしたの?」 冷静に放たれたその一言だけで足が震えた。 「あの……」 州は真っ直ぐ担任を見てから、こちらを向いた。どう切り出そうか伺いたかったのだろう。 彼の視線はやがて、枚田の顔よりももっと下に落ちた。震える膝頭を捉えたに違いなかった。 州はふたたび前を向くと、もうこちらを見ることはなかった。 その間に、彼の気負いのようなものが挟まれた気がした。
/193ページ

最初のコメントを投稿しよう!

422人が本棚に入れています
本棚に追加