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たまたま扉が開いていた多目的ホールと称される空き教室に勢いで入った時、展示物は視界の片隅には入っていた。
しかし、ふたりともあまりにも興奮していたのだ。
「捕まえた!」
州を捕らえ、体をくすぐると、彼は身を捩って抵抗した。それをさらに枚田が背後から抑え込む。
「くすぐったいって」
彼が上擦った声で訴えるたびに、枚田は体がむずむずとして、執拗に彼を追い回した。
「マイ、もうやめろって……っ」
ふざけ合っているうちに、ふたりして展示物に接触してしまったのだ。
みしりと軋む感触、床に叩きつけられる音——それらを感知した時には、展示物はもうただの残骸となって床に転がっていた。
「あ……」
展示物は新聞紙や端材などを用いた巨大な恐竜のオブジェで、上級生が時間をかけて作った工作物だった。秋に行なわれる芸術発表会用に準備されていた。
2体ある恐竜のうち、奥にあったティラノサウルスは無事だった。被害を受けたのは手前にあったトリケラトプスで、頭部の二本の角と、尻尾が折れてしまっていた。
「どうしよう」
途端、心細くなる。枚田が泣きそうな声を上げると、州は冷静に破損してしまった部分に近づき、触れた。
「ちょっと待ってろ。マイは触るな」
州はなんとか修復を試みようとしたが、わりに複雑な骨組みをしており、やはり自力では難しそうだった。
そもそも高学年の生徒が何人も集まって作ったものを、下級生である自分達が短時間でどうにかできるはずもない。
「やばいよ。どうすれば……」
ふたりして絶句し、ただ散らばったパーツを見下ろしていた。
突然やってきた絶望。
弱音をこぼす枚田に対し、州は黙ったままだ。
内心は彼も不安だったに違いないが、枚田に先を越され、吐露するタイミングを失ってしまったのかもしれない。
時間が、ゆっくりと流れていくようだった。
「そこで何してるの?」
ふたりして項垂れていると、担任の積田がたまたま通りがかった。
正しく把握はしていないが、この男性はそのころたしか30代半ばで、未婚だったと記憶している。
人生が終わったと、大袈裟ではなく思った。
枚田は、爬虫類のような陰湿さがあるこの担任がどうも苦手だった。
小学生相手にねちねちと理詰めをしてくるようなタイプで、朗らかとは言い難かったし、のんびりした性質の枚田は、彼の癇に障るらしく、目をつけられているふしがあったのだ。
この男に目撃されてしまった以上、これからの学校生活が明るくないであろうことは目に見えている。
「これどうしたの?」
冷静に放たれたその一言だけで足が震えた。
「あの……」
州は真っ直ぐ担任を見てから、こちらを向いた。どう切り出そうか伺いたかったのだろう。
彼の視線はやがて、枚田の顔よりももっと下に落ちた。震える膝頭を捉えたに違いなかった。
州はふたたび前を向くと、もうこちらを見ることはなかった。
その間に、彼の気負いのようなものが挟まれた気がした。
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