しゅうまいハウス

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しゅうまいハウス

「だからって普通、結婚する?」 低い位置に取り付けられた椅子に腰掛け、どうにかして脚を折り畳みながら、枚田は黒マジックで書かれた端正な文字をなぞった。 小学生にしてとめとはね、はらいが完璧な、懐かしい州の字。 「州ちゃんなりに思うところがあったんだよ、きっと」 環は窓枠に溜まった砂を指で拭って外に落としながら言った。 その丸くて小さな膝頭だけを見ていると、まるで州と向き合っているような錯覚に陥る。 「弟の俺だって聞いたの直前だよ? 突然、結婚相談所で知り合った人と結婚するからとか言ってさ……。相談所の人もびっくりするぐらいのスピード成婚だったらしい」 「出会ってピンときたから……ってことじゃないんだよね?」 「まあ、州ちゃんのことだから、提示された人の中からぱっと決めただけだろうね。相手も州ちゃんのスペックでΩなら、まず断らないだろうし」 顔を上げた瞬間、天井に後頭部を派手にぶつけて、しゅうまいハウスが揺れた。 プラスチックの外壁から、砂がぱらぱらと落ちる音が響く。 「Ω? 相手はΩを求めてるってこと?」 「結婚相談所にはまだ多いらしいよ。確実にαの子どもがほしいから、Ωを求めて登録する人」 「でも————」 「この時代だから、表向きにはなってないけどね。一部の婚活市場では第二の性がひとつのスペックとして重視されてるのは本当らしいから」 たしかに、αの子どもが生まれる確率は、αとΩを掛け合わせた場合がいちばん高い。 Ωを求めているコミュニティがあるとするならば、州は、その中でも極上クラスということになるだろう。 ハイリスク出産に該当する男性という以外、短所らしい短所はない。少なくとも、リストに記載する事項では———— 「でも、言ってたじゃん。自分はαなんかと絶対に結婚しないって……」 それも、共に過ごした同僚や外園をはじめとした友人ではない、彼の最も嫌悪しているはずの「そこらへんのα」と。 「大人になったら、価値観なんて変わるでしょ。そこに価値を見出して結婚したかは、弟の俺にもわからないけどさ……」
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