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——展示会から数ヶ月後、州は簡素なメッセージだけを寄越した。
3ヶ月後に結婚することになったから、友人代表として挨拶をしてほしいと、まるで悪気もなく。
もちろん、何度も連絡を入れた。
州の暮らすマンションに行って待ち伏せしたのも、一度や二度ではない。
しかし、話らしい話はさせてもらえないまま、後日、招待状だけが届いた。
枚田はなにか悪い夢でも見ている気分になった。
ショック状態が続くと、今度は防衛本能が働いたのか——やがてなにも感じなくなった。
無痛だが、無味無臭の期間を、ずいぶんと長い間味わったのだ。
納得できないまま、それでも結婚式に行ったのは——やはり州に会いたかったからだ。彼をその場で見るまでは、さまざまなことを受け入れられないと思った。
しかし、いざ人のものになった彼を前にすると、眠っていた五感は途端に過敏になった。
そして新郎の席でニヤつきながらこちらを見る州を視界に入れた時——枚田はもう、衝動が抑えられなくなったのだった。
「だから、噛み跡つけて傷物にしちゃったんだね」
共に途中退席したタイミングで州をトイレに連れ込むと、力ずくで彼を抱き、うなじを噛んだ。
枚田の知らない誰かに奪われる前の、その白くて滑らかな領域を侵したのだった。
「あの後、大変だったんだよー。マイはいないし、州ちゃんは流血沙汰でしょ。結婚式は中止、相手の両親も怒っちゃってさ。新居も決まってたのに、同居しないまま破局しちゃった」
「うん……。州の家族には迷惑をかけて申し訳ないと思ってる」
「ま、でもうちの母親はちょっと嬉しそうだったけどね」
マイ推しだからねー。
大変だったことに間違いはないのだろうが、環の口から溢れる言葉は軽快で、まるで劇の一幕でも嗜んでいるかのようだ。
その時、屋根がみしりと揺れて、窓に黒い影がゆらめいた。
「結局、州さんからはまだ返事ないんですか」
外にいた寄田が、窓から覗き込んでいる。
ヒグマ襲来という表現がぴったりだと、枚田は思った。
「ない。何度か連絡してるけど、既読にもならなくて」
「どうしたんでしょうね。心配ですね……」
寄田が心配そうな声を出すと、横から環が口を挟んだ。
「まあ安否っていう意味ではそんなに心配いらないよ。大人なんだし、抑制剤も打ってるし」
それから、ふたりそろって窮屈なハウスから出る。いざ向き合うと、寄田は枚田よりも15センチほど身長が高かった。
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