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「一沙、座って」
環は先に寄田をベンチに座らせてから、その上に腰を下ろす。
まるで豪奢な玉座に寄りかかるように、彼の腕に肘を置き、足を組んだ。
「お休みのときに、急に誘ってしまってすみません」
寄田は玉座に徹したまま、こちらに向かって詫びた。
「ううん。嬉しいよ。どうせ暇だったし」
——環の恋人である寄田一沙は、製菓学校を出てから、パティシエとして都内のホテルに就職したらしい。
休日も勉強のために有名店を巡っているとのことで、もしよかったら一緒にどうだという誘いを受けたのだ。
奇しくも、寄田のチェックしていた洋菓子店は、かつて州と家出したこのしゅうまいハウスがある公園のすぐ近くにあるらしい。
だから、ついでに3人で立ち寄ったというわけだ。
「その——彼女さん、大丈夫ですか。休日潰しちゃって」
「そんなの、気にしないで大丈夫だよ」
そう言ったものの、今日のことに関しては、彼女である映水からさんざん嫌味を言われた。
州が失踪してからはなんとなく彼女とのことを疎かにしてしまっていたから、怒られるのも仕方はない。
しかし、映水と会わない口実ができたことに、どこかでほっとしている自分がいた。
彼女のことを思い出すと気が重くなるので、枚田は目の前の玉座と王様を、まじまじと見つめた。
「そういえばさ、寄田君と環って、どうやって知り合ったの?」
それから、話題を切り替える。
ふたりは顔を見合わせて微笑み合い、どちらから切り出すか目配せしたのちに、寄田が口を開いた。
「専門学生の頃、駅前の大判焼き屋でバイトしてたんです。あの店、焼くところがガラス張りになってるじゃないですか。それで、焼いてるといつもガラス越しに見てくる高校生がいて……それがたまちゃんだったんですけど」
「そ。塾行く時、すごく可愛い人いるなぁって、一目惚れ。それから毎日、ガラス越しに一沙を見てたんだよね」
環にそう言われると、寄田は眉を顰めた。おそらく照れているのだろうが、任侠映画に出てきそうな凄みがある。
環のような、珠玉の人間の定める美の基準はわからないものだ。
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