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「自分がβだからって、無意識に一線引いてたじゃん。州ちゃんはそれを察してたから、いつかマイが離れていくのが、ずっとこわかったんだと思う」
「離れないよ。俺はいつだって——」
「どうかなー? マイはわりとあっさりしてるからな。州ちゃんと離れたら離れたで、その環境に馴染んじゃうじゃん。実際に結婚も決まったしね」
「じゃあ、どうすればよかったんだよ!」
たまらず声を荒げると、寄田が不安そうに視線を配った。
だが、枚田だって、お気楽気分でここまできたわけではない。
今までだってじゅうぶん、流れに逆らってきた。
現実にぶち当たり、絶望に身を削られるあまり、遡行する力はなくなったのだ。
今はただ、本来の流れに身を任せ——本意ではないが、ごく自然なところへと収まろうとしているだけだ。
「俺、全然わからないんだけどさ。州ちゃんもマイも、お互いのなにを怖がってんの?」
枚田はまたしても唇を噛み締めた。
たしかに、枚田が失うものはなにもない。すでに充分傷ついた。もう今では無敵の状態だといえる。
にも関わらず、こうして州と向き合うと、恐怖めいたものが、足音を立てて近づいてくるのだった。
「マイは、今も州ちゃんのことが好き?」
枚田は瞬間、目を瞑った。
好きかという問いが体の中で反響し、こめかみが痛くなる。
隆々とした心を、ここ数年でなんとか平らに整地した。それは決して簡単ではなかった。
しかし、埋めたはずの未練の根が、彼の一言で疼き出す。
映水の顔を思い浮かべようとしたが、なぜか鮮明には出てこなかった。
「じゃあ、ちゃんと話さなきゃ」
「じゃあって、まだ何も言ってないけど」
環はひらひらと手を振った。
「待って、言い方変える。お願いだから州ちゃんの最後の悪あがきに付き合ってあげてほしい」
それから、振った両手を合わせて、懇願してきた。
「いや、弟の俺から見ても思うよ? いつまでそんなことやってんだよって。あんなに頭いいのに、マイのことになると途端に子どもじみたことばっかして、気を引いてさ」
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