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環は立ち上がると、背後から寄田の腰に両手を回して抱きついた。
なんの躊躇もなく彼の背中に頬を擦り付けながら、目線だけをこちらに向けている。寄田は恥ずかしそうに咳払いをしながらも、振り解きはしなかった。
「でもそれが州ちゃんなりの、マイへの愛情表情なんだろうなぁ」
なにが愛情表現だ。
こちらはそれにどれだけ振り回されたと思っているのか。
俯いたままでいると、寄田が気遣うように声を上げた。
「たまちゃん。枚田さんも結婚控えてるんだし、あまり色々と強制したら困っちゃうからね」
最愛の相手に嗜められ、頬を膨らませる。まるで大木にしがみつくリスみたいな愛らしさだ。
「俺だって何も結婚破棄しろなんて言ってないよ。ただ一度、話し合ってほしいだけ」
ふたりが後悔しないように——言葉でなく、視線で続けて訴えかけられた。
反論や拒絶の意を蕩かされてしまう、魔法の眼差しだ。
州に抱く感情とは異なるものの、自分はもしかすると、白石家の「血」に弱いのかもしれないと、枚田はつくづく思うのだった。
「さて。寒いし、そろそろケーキ食べに行こっか」
枚田の返事を待たぬまま、環が明るく切り出した。
「マイ、行くよ!」
「あ、うん」
気持ちの切り替えに遅れを取り、一歩遅れて踏み出す。
それからもう一度振り返り、だいぶ劣化して色褪せたしゅうまいハウスを見届けた。
幼い頃に州とここで話したこと。ぎこちなく交わした儀式の真似事、約束。
それから、彼が事あるごとに放った言葉の意味を噛み締める。
マイは嘘つきだから————
嘘はついていないつもりだ。
しかし、もしかしたら、自覚のないところで、彼を裏切り続けたのかもしれない。
枚田はポケットに入れたスマートフォンを取り出すと、時間をかけて画面をタップした。
未だ既読マークもつかないメッセージ画面を開き、短く打って送信する。
しゅうまい
それは、かつての言葉遊びの時の、誘いの合図だった。
「マイー、行くよー」
環の呼ぶ声にはっとして、枚田は顔を上げた。
映水からのメッセージ通知は、とりあえず見なかったことにして、スマートフォンをしまった。
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