裏切り

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汗ばむ手のひらを擦り合わせてから、スマートフォンを取り出した。 「いか」 画面には、たった2文字。 絵文字もなにもないその単語に、枚田は撃ち抜かれてしまった。 穴があき、血が溢れ、痛み出す。 人々の話し声、ティーカップがソーサーにぶつかる音、苛立った人の貧乏ゆすりの振動——目にする世界は鮮明で、あらゆる音で構成されていることに気づく。 「どうかした?」 映水が不思議そうにこちらを伺っている。 すべてがこんなにもクリアになっているのに、なぜか彼女の顔だけはぼやけたままだ。 枚田は映水らしき人物に向かって「ちょっと、仕事のトラブルの連絡」とだけ返した。 ——いつのまにかメッセージも全て既読になっている。ここに来る直前までは反応がなかったのに。 額や腋の下を、汗が伝う。 これ以上動揺を悟られないよう、スマートフォンから視線を外して、映水の指先を見つめた。 どうしよう。 どうしたらいいんだろう。 こめかみあたりで、脈が音を立てている。 困惑か高揚か。 血がめぐり、汗が流れる理由がどちらにあるのかはわからないが、彼からの返信により、元の世界はようやく、枚田のもとに落ちてきた。 枚田は何度か深呼吸をしてから、返信をした。 「かみのけ」 それからはもう、画面から目が離せなくなった。 しばらくしてからついた既読マークにほっと胸を撫で下ろし、返信を待つ。 映水からの視線には気づいていたが、彼女からいかなるプレッシャーを受けても、やめることはできなかった。 そして、彼からの返信をふたたび受け取った時——いてもたってもいられなくなり、枚田はついに立ち上がった。 「どこいくの?」 会話の中をくぐるようにして離席すると、映水からの声かけで枚田は我に返った。 自分の今置かれている状況のすべてをなげうって、外に出てしまうところだった。 「ごめん、トイレ行ってきていい?」 「いいけど……早くね。松君が戻ってきたらチャペルに移動するから」 わかったとだけ言って踵を返すと、従業員にトイレはそっちじゃないと言われ、慌てて方向転換した。 トイレだろうが外だろうがどこでもいい。あの場以外なら———— 州のしおらしい返信は、枚田を激しく混乱させた。 「けっこんおめでとう。おしあわせに」 どういうつもりであんなことを言ってきたのだろう。 どうせ思っていないくせに。
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