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「俺がやりました」
州の告白には、躊躇いがなかった。
枚田は目を見開き、それから一間あけて州の横顔を見た。
「白石さんがひとりで壊したっていうこと?」
「そうです」
「枚田さん、本当ですか?」
ふたりの視線が一斉に集まり、芽生えた罪悪感は、州からの圧によって平べったくなってしまう。
枚田は、州の命じるままに頷いた。
「触ってたら壊れました。枚田君が止めてくれたのに、俺がふざけすぎてしまいました」
積田は何度か州に質問をし、そのたびに枚田にも確認を取った。
枚田は機械的に小さく同調しながら、床の隙間の黒ずみに焦点を合わせた。州にも担任にも、視線を合わせることができなかったのだ。
ひと通り話し終えたタイミングで、予鈴が鳴った。
それを合図に州だけが教室に残ることを命じられ、枚田は先に帰された。
積田からは「これからふたりで展示物の修復作業をするから、白石さんのお家の方に、彼の帰宅が遅れることを伝えてほしい」とだけ言われた。
——結局、積田からは、咎められることも責められることもなかった。
あの男のことだから、なにかしら嫌な言葉を頬になすりつけてくるかと思ったのに。
そう。州が庇ってくれなければ、きっと……
帰路は、あまりの罪悪感にとらわれて気落ちした。しかし、小さな世界の足場が崩れていないことへの安堵が、地を踏みしめるごとに膨らんでいく。
平穏は保たれたのだ。
——州が帰宅したのは6時を過ぎたころだった。枚田はその日のうちに州の家を訪ね、まず放課後のことを詫びた。
「今日、ごめん。俺、なにも言えなくなって……。積田とふたりで大丈夫だった?」
瞬間、彼の目がかすかに見開かれた。
「大丈夫だったって、なにが?」
「え、あ——展示物、直ったのかなって」
すると、彼の瞼は下がり、いつもの冷静さを取り戻した。それから「別に」と投げて、枚田に背を向けた。
「ちゃんと元通りになった。全部解決したから、お前はもう何も気にしなくていい」
「でも……」
「もう、このことはいいから」
州は塾の課題が多いとかで勉強机に向かったまま、振り向くこともない。彼はいつになくそっけなかったが、特段怒っているという風でもなかった。
「州、ごめんね。本当にありがとう」
返事はない。
こちらが感謝の意を述べると、照れ隠しで口をつぐむのはいつものことだから、深くは捉えなかった。
しかし、彼の沈黙により、あの時なぜ庇ってくれたのかを聞く機会を、なんとなく逃してしまったのだった。
——翌朝、州の言った通り、多目的ホールの展示物は綺麗に直っていて、それについて積田から何かを言われることもなかった。
だから日に日に罪の意識は薄れて、枚田もまた、小さな世界で小さな平穏を過ごしていたのだった。
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