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話を聞くとこうだ。
彼の祖母はΩ、祖父はβで、ふたりは幼なじみだった。当時はまだ第二の性による差別が激しく、Ωはαの家に嫁いでαの子を産むのがいちばんの出世とされていた時代だ。祖母にとっては、祖父と過ごす時間だけが唯一の楽しみだったらしい。
ふたりの仲はやがて幼なじみ以上になり、周囲の反対を押し切って結婚した。
不幸中の幸いだったのが、ふたりが男女だったことだ。子どもをもうけることもでき、その後は裕福ではないが穏やかに暮らしていたという。
おしどり夫婦であったふたりに別れが訪れたのは、寄田が高校生の時。祖母が病気で亡くなった。
祖父とは、それを境に祖母の思い出話をする機会が増えた。また、Ωであった寄田の身をいちばん心配してくれたのも彼だったという。
ある日、祖母との馴れ初めを聞いていた時だ。祖父は話の流れでこう言った。
彼女からは金木犀みたいな香りがした、と——。
「自分はβだからフェロモンとかは全然わからないけど、その甘い香りが自分にとってのフェロモンみたいなものだったんじゃないかって、おじいちゃんは言ってましたね」
しかし寄田も、話を聞いた当初は、祖母特有の体臭だろうぐらいに思っていたらしい。
それを覆したのが、その数年後、製菓学校時代のクラスメイトである松下の、とある発言だった。
なぁ。窪田ってさ、金木犀みたいな、いいにおいしない?
耳打ちをしてきた彼の顔は、祖母の話をしているときの祖父の表情と重なった。
寄田にはもちろん、その匂いはわからなかった。
それからしばらくして、彼らふたりが付き合い出したという話を、ほかの友人から聞いたのだった。
寄田は、松下のあの発言がずっと引っかかっていた。
金木犀という特徴のある香りを嗅いだという人間が、自分のまわりでふたりもいるのは、単なる偶然ではないだろう。
だから寄田は、ふたりと飲んだ時、失礼を承知で第二の性について聞いてみたという。
案の定、窪田はΩで松下はβだった——
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