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非日常の部屋
最初は、ごく小さな違和感だった。
夏以降、州とはたまに一緒に帰れないことがあった。それまでそんなことはなかったし、彼に理由を聞いても「ちょっと」とはぐらかすばかりだ。
州の不在の理由について考えるよりも、いつもと違う友達と帰宅し、軽い寄り道をしたりなんかもする——枚田は、目先の楽しさに目を向けた。
鈍感を装い、州から解放されるわずかなひとときを、むしろ満喫していたのだった。
あの時、あれに出くわすことがなければ、自分らの人生はまた違っていたのだろうかと、枚田はたびたび思う。
友情とはやや異なった、州に抱く感情。その正体を知ること。
それから、州と自分の行路が、友情を脱線して交差すること——ましてや、複雑に絡み合い、収拾がつかなくなることなど、なかったのではないかと。
しかし枚田は、今でも鮮明に思い出す。
あの日、保健室の窓からはよく陽が差していて、カーテンが揺れるたびにちかちかと、視界をくらませた。
光のせいなのか、それとも目の前の光景なのか。
——そう、忘れもしない体育の時間。たしかドッヂボールをしていたはずだ。
「大丈夫?」
内野でボールを避けた際にバランスを崩し、州が転倒した。
それがまた派手だったので、ゲームを一時中断して、みんなが彼の元へと駆け寄った。
白い皮膚が擦り切れて、鮮血が滲んでいる。
州はなにも発しなかったが、滲む程度だったそれがみるみる溢れ出てきた時は、周りの女子生徒が悲鳴を上げた。
「みんな、落ち着いて。ただの擦り傷だから」
担任の積田が声を張り、それぞれのポジションに戻るよう指示をした。
自分が保健室に連れて行くから、みんなはそのまま終わりの時間までゲームを続けるように。
彼はそう言うと、州の腕を引き上げた。ふたりがコートを抜けて校舎に戻っていく。
枚田は、ボールの動きよりも、州のぐったりとした表情、それから重い足取りについ気を取られた。
怪我がそんなにひどいのだろうか。
校舎に吸い込まれていく彼を目で追っていたら、早々にボールを当てられてしまった。
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