告白

4/6

422人が本棚に入れています
本棚に追加
/193ページ
「そんなこと言ってるけど、俺を式に呼んだり、友人代表で手紙読ませたりしたじゃん……」 州ははじめて、声を出して笑った。矛盾しているという自覚が、大いにあるようだ。 「式であんなに派手に泣くぐらいなら、あのスピーチで言えばよかったのに。結婚しないでって」 「言えるわけない。式当日だよ?」 「でも結局、ぶち壊しただろ」 州は鼻で笑いながら、ふたたび遠くに目をやり、そしてまた戻した。 肩を揺らし、いくらか焦っているようにも見える。 枚田は、水の入っていた小ぶりなグラスを両手で挟みながら、伏し目がちな彼を見た。 「もし俺があの時———」 「なんだよ」 「その——結婚しないでってちゃんと言ってたら、州はやめてくれてたの?」 州の視線が動いて、こちらをまっすぐにとらえた。 「そりゃ、俺はお前と違って、一度した約束は忘れないタイプだからな」 ——約束? 枚田が聞き返す前に、彼は組んだ手をテーブルに乗せて前屈みになる。 彼の起こした風に、金木犀のあまい香りがのって、枚田の皮膚をなでつけた。 「だから、俺ももう引かないことにした。お前と先に結婚する約束してたのは俺だし」 「え?」 「一回しか言わないからな」 それから襟ぐりを掴まれ、なにがなんだかわからぬうちに耳打ちをされた。 彼の甘いにおいが、あたたかい息が——耳たぶを撫でる。 彼の声は小さかったが、今朝からずっと覚悟を固めてきたかのように堂々としていた。 「昔も今もずっとマイだけだ。お前だけいれば、あとはなんだっていい」 驚いて唇を開きかけると、こちらからの言葉を封じるように、彼は続けて言った。 「だから、ほかのやつと結婚なんかするな」 もうほとんど息だけになった声の、たしかな震えを上唇に感じとる。 初めてもらう、彼からの告白じみたものだった。 その言葉に枚田の体はふわりと軽くなり、襟を離された瞬間、バランスを崩してその場に尻餅をついてしまう。 枚田は、周囲の視線を蹴散らすように咳払いをしてふたたび着席した。 州の視線が、枚田の挙動に合わせて追従する。 「で? 結局、あの人との結婚はどうすんの?」 平静を装うためだけに傾けたカップの中身が空で、枚田はふたたびソーサーに置いた。 「するって言ったらどうするの」 「さすがにもう追わない。このまま消える」 本当だろうか。どうせまた———— 顔を上げてはっとした。 彼はいつものように、にやついてはいなかった。 その寂しげな表情に気を取られ、言葉がもたつく。 結果的に、不自然な間を与えてしまっただけだった。
/193ページ

最初のコメントを投稿しよう!

422人が本棚に入れています
本棚に追加