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州の友達というポジションを免罪符に、まだゲームに興じるクラスメイトの輪の中から抜け出し、枚田はひとり、彼の様子を見に行った。
早々に当てられて外野になり、面白くないこともひとつの要因だった。
どちらかというと、当てるよりも逃げるほうを得意とする枚田にとって、ドッヂボールは内野にいるうちが華だった。外野に回されたあとは惰性でしかない。
保健室のドアは少しだけ開いていて、たまたま養護教諭はいなかった。
ベッドもデスクも、カーテンレールすら白く、陽が高いうちは、すべての境界が曖昧になるような、そんな空間だった。
州はベッドに腰掛け、積田から手当を受けていた。
彼に向き合う積田の手が、怪我をしていないほうの膝頭に乗ったとき、すべての嫌な予感が繋がるような——そんな心地がした。
違和感を抱きながらも、ずっと見て見ぬ振りをしていたこと。
自分のなかに潜む、潜在的ななにか。
彼に向かって交差しようと、自身の行路が曲がっていく感覚。
積田は、州の膝に顔を埋め、何度か肩で大きく呼吸をした。
まるで極度の緊張状態にある大型犬のような息遣いだ。
州はそんな彼に動じることもなく、手のひらを片目に当てて、壁を見つめていた。
どうやら視力検査の貼り紙を見ているらしかった。
やがて顔を上げた積田の赤い舌が、州の膝頭を這う。膝の内側、前腿——
州はその間、左目を覆っていた手を右に移した。
彼に緊張は見られなかった。定期的にやってくる退屈な時間をどうにかして潰そうとしている風だった。
枚田は固まったまま、ただその光景を眺めていた。
予鈴が非日常を打ち砕き、積田があわてて体を起こす、その瞬間まで。
枚田は足音を立てぬよう後退りをし、誰よりも先に教室に戻った。
後片付けをしなかったことによる女子からの叱責は、にぶく頭を打つだけで、中まで響いてくることはなかった。
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