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「州ちゃんさぁ、もう家出はこれっきりにしてよ」
スピーカー越しに、環の声が響く。
州が寝返りを打つたび、シーツのごわつく音とベッドの軋みが伝わっているのではないかと、気が気ではなかった。
「会社も辞めたっていうし、マンションも引き払って——本当に、どうしちゃったのかと思ったよ」
「ごめんね。ちょっと環境を変えたくなったんだ。環に迷惑かけて悪かったと思ってる」
溺愛する環に対しては、この通り素直でしおらしい。
どちらかというと、迷惑を被ったのはこちらなのだが……。
その健気さを、一部分でもこちらに分けてくれたらいいのにと、枚田は思った。
「お父さんもお母さんもすごく心配したんだよ。一沙だって、気にかけてくれてたし」
「別に、彼に気にかけてもらう必要はない」
「また……すぐにそういうこと言って……」
環の呆れたようなため息が、スピーカーにぶつかった。
これが義理の兄になるのだから、寄田も前途多難だ。枚田は、彼のこれからを思い、その身を案じた。
「俺、州ちゃんがなんて言っても一沙と結婚するからね。頼むから顔合わせには来てよ?」
「環はまだ22なんだから、そんなに急ぐことないと思う」
「急ぐどころか、これでもじゅうぶん待ったんだからね」
州の話によると、環は18のときにも一度、寄田と結婚すると宣言していたらしい。
その時は大学受験を控えた身だったため家族全員が反対し、なんとか大学卒業後というのを条件に納得してもらったらしいのだ。
両親、とりわけ母親は寄田を気に入り、結婚には賛成しているとのことだが、州は否定的だ。
州がなにも言わないと、環はまるでその話題はもう解決したことのように話題を変えた。
「あと、近々バイクの免許取るから」
「バイクは危ないからだめ。車にしなさい。新車買ってあげるから」
「二十歳過ぎたらいいって言ったじゃん! 卒業したら一沙とツーリング行くって、もう約束しちゃったもん」
「それなら、彼には後日、俺からきちんと言う」
途端、環は口をつぐんだ。
寄田に飛び火するのを恐れたためだろう。
——州の過保護は今に始まったことではない。環もこうして口では反発しながらも、州の本当に嫌がることはしなかった。
よって、ツーリングの夢は潰えるだろう。
「いいもん。マイからも説得してもらうから!」
それでも、悪あがきとばかりにしっかりとパスを投げてから、環は電話を切った。
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