衝動

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「あーもー、むかつく!」 州はコントローラーを置いて、手を後ろにつくと、膝を曲げて座った。 その膝頭には、まだできて間もない、丸いかさぶたがあった。 「じゃあケチャップ貸して」 膝の傷跡に気を取られていると、州が手を差し出してきた。 枚田が小皿を渡すと、彼はその中に数本のフライドポテトを投入し、大胆に口に放り込んだ。 ゲーム画面につられたのか、瞬間、ケチャップが垂れて彼の膝を伝う。 「やべ」 州は体を折りたたむと、瘡蓋に重なるようにして落ちたその赤いかたまりを、舌先で舐めて掬い取った。 閃光のようなものが枚田のこめかみを貫いたのは——その時だ。 白い肌を伝う舌の、その鮮やかさ。 先日、同じ場所を這った積田のそれは、黒ずんで醜かったのに、州のそれは全然違う。 ケチャップが霞むぐらいにくっきりとした赤だった。 「州、まだケチャップが……」 拭い損ねた一部が膝下を伝い始めているが、州はもう、ゲームのほうに気を取られている。 一方で、枚田は州の膝から目が離せなくなった。 あいにく、この前の時のように予鈴が割って入ってくることもないから、意識は丸ごと、そこに持っていかれた。 「州」 近づき、コントローラーを置く。 「え?」 吸い寄せられたとしか言いようがない。自分でも驚くほど躊躇なく、彼の膝に残ったケチャップを舐めた。 しかし、わずかな酸味を舌で転がす余裕も生まれないうちに——枚田は彼に突き飛ばされていた。 ベッドの枠に背中をぶつけてにぶい痛みが走ったが、構う余裕はない。 「なにすんだよ!」 ふたつの目玉が、こちらを見下ろしている。 見開かれた瞼からのぞく、眼球の青白さが印象的だった。 「どういうつもり?」 州は肩で呼吸をしながら体をこわばらせている。まるで、ふれられたくなかった神経の一部を逆撫でされたかのようだった。 「ケチャップがまだ膝に……」 「だからってなんで舐めるの。頭おかしいんじゃない」 「ごめん」 彼は舐められたほうの足で、枚田の膝を蹴った。 力はさほど強くはなかったが、彼の表情には、心の澱が一気に浮かび上がってきたような——激しい動揺が滲んでいた。 「気持ち悪い」 なにも言わないでいると、彼はますますヒートアップし、その後も枚田の脚を蹴り続けた。 足の指先に彼の鬱屈した思い、怯え、戸惑い——あらゆるものが乗っていて、枚田はその重たさに、ますます何も言えなくなった。 まるで、我慢の糸が切れたかのような、半ば当てつけのような行為だった。 「帰る」 枚田が無抵抗でいると、彼は次第に気まずそうに黙り込み、やがて逃げるように部屋から出て行ってしまった。 繰り返し蹴られた肩や背中が疼いている。 州がいなくなっても、体にこびりついた熱から逃げられることはなく、幼い枚田は、この火照りとどう付き合えばよいのかわからなかった。
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