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ほどよく静まった室内を見回し、教師がモニター上のスライドを変えた。
「次は、αとΩが惹かれ合う理由について説明します」
「あ、それ知ってる。発情期だ!」
クラスのお調子者がいきいきと発した。
沈黙も一瞬のことで、話題が転換すると、室内はまた色めき立つ。
教師は手を叩いて注意をし、なんとかしてその場を鎮めた。
——αとΩは、思春期や第二次性徴などの通常の成長に加え、特徴として発情期があるそうだ。
これはごく一般的な性欲とは違い、自身でのコントロールが難しい、本能的なものだという。
この発情期の間、Ωは特有のフェロモンを出し、αはそのにおいに反応して誘われることで、性衝動が起こるといわれている。いずれも相互反応を示すのはαとΩであり、それらの特徴をもたないβはこの影響を受けないそうだ。
また、Ωの発情期は一般的に年に6回ほど訪れるというが、個人差が大きく、正確に読み取るのは不可能。だから、Ωとαの子どもは第二次性徴期を迎えるタイミングで半年に一度、抑制剤の注射を打ち始める。
抑制剤を打っていれば発情はほぼ100%抑えることができるが、なかにはアナフィラキシーが出る人もいて、その場合は錠剤を服用してコントロールする。
初めての発情期を迎える平均年齢が大体13、14歳ぐらいだそうで、対象児童が11歳を迎える頃には投薬を開始するらしい。
だから、4年の終わりごろである今の時期に、特別授業が開かれるというわけだ。
——多感な男女にとって、この内容は刺激的だった。
この授業が行われてからしばらくは、クラスのなかで「発情期」「フェロモン」という言葉が流行したぐらいである。
ただ、クラスメイト達は、これから来る漠然とした不安、均一だった体がそれぞれ枝分かれして整理されていくような恐怖をかき消すために、卑猥な冗談を言い合っていたのだろう。
自分の第二の性別が何であるか——皆、頭の中にあるのはただそれだけだったと思う。
というのも、この時点では、子どもたちは自身の第二の性をまだ知らないからだ。
当然、第二の性は生まれた時に病院で調べられるが、差別防止の観点から、保護者にも開示はされないらしい。
通知が来るのは、子が11歳を迎える3ヶ月前で、それもαかΩに該当する場合のみだという。
また、第二の性について、むやみに公表したり、逆に尋ねることは社会上タブーとされているから、その後も表向きは皆、均一な児童のまま過ごしていくことになる。
誰しもが違和感を抱き、探り合いながら、均一のふりをする——それを想像すると、胸がざわつくのだった。
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