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スマートフォンに表示された名を見た瞬間から、確信はしていたのだ。
白石環——州が溺愛している、たったひとりの弟だ。
州が気を許している、この世のたった2人のうちのひとり。
宝石のようだともてはやされた白石兄弟の、ルビーによく例えられるほう。
「マイ、結婚するんだって? 先月、うちの母親から聞いたよ。おめでとう」
それが環の第一声だった。
それ以上——相手はどんな人なのかとか、どこで知り合ったかなどという質問は一切なく、祝いの言葉はただの前置きだということがわかった。
現に、枚田が相槌を打つ前に、彼はもう本題を切り出し始めた。
「州ちゃんがいなくなったんだよ」
先月あたりから連絡が取れなくなり、心配して彼のマンションを訪ねてみたところ、すでに引き払った後だったらしい。
さらに職場にも問い合わせてみたところ、先月末に退職したということだった。
つまり、事実上の失踪ということになるが、環の口調はそう悲観的でもなかった。幼い頃からたびたび繰り返されているせいか、兄の悪癖がまた出たぐらいにしか思っていないのかもしれない。
先月から、という部分に引っ掛かりを覚えたのを、どうにか隠せたつもりでいたが、本当につもりだったようだ。
なんでもお見通しとばかりの環の含み笑いに、情緒を揺さぶられそうになり、枚田はなんとか抵抗した。
「マンション引き払ったってどういうこと? だって、その、州は……」
ひとり暮らしではないはずだ。
「ああ。州ちゃん、別れちゃったから」
環はまたしても、さらりと言ってのけた。
それは、今はもうだいぶ疎遠になってしまった州に関する、初めて聞く続報だった。
衝撃というよりは、予感的中。
ああ、そうか。やっぱり——
その事実は、枚田の心をプレスするように、重くのしかかってきた。
ここ数年のうち、枚田のなかでゆっくりと膨らみかけていた平穏——いや、平穏というよりは虚無だったのだろうか。
とにかく、今知らされた事実により、それらはすっかりひしゃげてしまい、やがて跡形もなくなった。
「原因は、マイがいちばんわかってるよね」
相変わらず、温度の伝わらない声で、環は言った。
決して怒っているわけではなく、感情の起伏が目立ちにくい彼の性格ゆえであることは、長い付き合いでわかってはいるが——念を押されると、言葉に詰まってしまう。
州と最後に会った日。
そう、それは彼の結婚式だった。
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