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「州!」
たまりかねて名を呼ぶと、彼は前を向いたまま立ち止まった。
「なんか嫌なことあった?」
「嫌なことって?」
「学校で——友達とか……その、先生とかと」
州からの返事はなかった。
その耳が赤くかじかみ、白い吐息がぽつぽつと浮かぶ。
彼がこのまま沈黙を貫きたいのか、それとも告白をしたいのかは、判別がつかなかった。
枚田は隣に並び、彼のランドセルに手を添えた。それから慰めの意味を込めて、その曲線を撫でた。
「困ったことがあったら言ってよ」
それだけ告げると、枚田は先に一歩を踏み出した。
彼はただ黙ったまま、後ろからついてきた。
枚田はその日、朝の時間を取り戻すべく、中休みと昼休みをなわとびの練習にあてた。はやぶさは高確率で成功するようになったから、明日のトライ上限数である5回のうち、どこかではクリアできるだろう。
なわとびにかかる期待の一方で、気がかりもあった。
放課後、州は枚田に「先に帰っていい」と告げると、教室にランドセルを残したまま姿を消した。
枚田はどうも今朝のことが引っかかり、校庭で最後のなわとび練習をしながら、彼が校舎から出てくるのを待った。
しかし、ついに彼が出てくることはなく、やがて用務員に帰宅を促され、校舎から出されてしまった。
帰宅後も胸のざわめきは治らず、夜に家を抜け出して州の家の前まで行った。
それから、彼の部屋の窓に明かりがついていることを確認すると、やっと安堵して——自室の明かりを消すことができたのである。
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