逃避行

5/6

422人が本棚に入れています
本棚に追加
/193ページ
* 今はすっかり枯れた藤棚の下のベンチに、州は座っていた。 彼もランドセルを背負っているから、いつものように家を出てきたのだろう。 心細そうに、前で組んだ両手を擦り合わせている。 「州」 彼の前に立ち、いざ呼びかけても、彼は俯いたままだった。 枚田は仕方なく隣に腰掛けた。 「どうしたの」 州は答えない。枚田はベンチから投げ出した足をぶらぶらと揺らしながら、背後を通り抜ける車の音に耳を傾けた。 「学校行こう?」 「……今から行ったって遅刻だよ」 「朝の会には間に合わないけど、1時間目には間に合うよ。先生にちょっと注意されるぐらいで——」 「あいつに弱味握らせたくないんだよ!」 先生という言葉に反応した州の、感情的なひと言が飛び出した。 「弱味?」 すると、州はふたたび黙ってしまう。 枚田は、昨日の彼の不自然な居残りが、今日の家出となにか関係しているのだとも思った。 「州、積田になにかされてるよね?」 今が踏み込むチャンスだと思った。 枚田は州の肩を抱き寄せ、覗き込んだ。 州の、仕立てのよいダッフルコートの牙のような形をしたボタンが、微かに揺れる。 「俺、見ちゃったから。前に保健室で……」 州はその先を遮るように立ち上がった。 彼の興奮のかたまりは、言葉でなく、白い息となって吐き出される。 それが乾いた外気と溶け合ってなじんでしまうと、州は淡々と言った。
/193ページ

最初のコメントを投稿しよう!

422人が本棚に入れています
本棚に追加