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今はすっかり枯れた藤棚の下のベンチに、州は座っていた。
彼もランドセルを背負っているから、いつものように家を出てきたのだろう。
心細そうに、前で組んだ両手を擦り合わせている。
「州」
彼の前に立ち、いざ呼びかけても、彼は俯いたままだった。
枚田は仕方なく隣に腰掛けた。
「どうしたの」
州は答えない。枚田はベンチから投げ出した足をぶらぶらと揺らしながら、背後を通り抜ける車の音に耳を傾けた。
「学校行こう?」
「……今から行ったって遅刻だよ」
「朝の会には間に合わないけど、1時間目には間に合うよ。先生にちょっと注意されるぐらいで——」
「あいつに弱味握らせたくないんだよ!」
先生という言葉に反応した州の、感情的なひと言が飛び出した。
「弱味?」
すると、州はふたたび黙ってしまう。
枚田は、昨日の彼の不自然な居残りが、今日の家出となにか関係しているのだとも思った。
「州、積田になにかされてるよね?」
今が踏み込むチャンスだと思った。
枚田は州の肩を抱き寄せ、覗き込んだ。
州の、仕立てのよいダッフルコートの牙のような形をしたボタンが、微かに揺れる。
「俺、見ちゃったから。前に保健室で……」
州はその先を遮るように立ち上がった。
彼の興奮のかたまりは、言葉でなく、白い息となって吐き出される。
それが乾いた外気と溶け合ってなじんでしまうと、州は淡々と言った。
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