逃避行

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「マイはもう学校行きな。なわとび大会、ちゃんと出てきなよ」 感情を抑制した、低い声だった。 「州はどうするの」 「俺はこのままどっか行く」 「どっかってそんな……。お金はあるの?」 「ある。お年玉貯めてるし」 「ひとりだけでそんなの、無理だよ」 肩を掴むと、彼はそれを振り解こうとする。 彼の肘が、ダウンジャケット越しではあったが——みぞおちに食い込み、眉を顰めた。 「俺は学校には行かない」 「なわとび大会、どうするの」 「そんなもの、俺は最初からどうだっていい。出たければマイひとりで出ろよ」 彼なりの事情があるにせよ、その投げやりな返答に、枚田は少なからず傷ついた。 彼に合格シールを見せること——それがモチベーションを保つ要因であったことは間違いないし、枚田はなにかひとつでも、彼と横並びになるものが欲しかった。 たった一部でも、秀でている彼と対等になりたかったのだ。 しかし、それも彼が導き、わざわざ隣のスペースを空けておいてくれているからこそ実現する。 枚田が気落ちしているのを悟ったらしい州は、ゆっくり振り解くと、枚田に向き合った。 「マイなら練習通りやればできるから。がんばれ」 慰めが、惜別を引き寄せる。 枚田が黙ったままでいると、彼はやがて踵を返した。 ふっと彼の体が離れる。 枚田は目一杯に手を伸ばし——ランドセルに外付けされた彼の給食袋を掴んだ。 「やっぱり俺も行く」 張りのある、濃紺のギンガムチェックの巾着だった。きっと、母親が丁寧にミシンで縫ったのだろう。端にはSという刺繍まで施してあった。 州は振り返ると、気丈さを切り崩した、彼らしくない笑みを浮かべた。 その頼りなさが枚田の心をかき乱し、同時になわとびへの未練を切り落としたのだった。
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