儀式

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州はおにぎりのフィルムを丸めてビニール袋の中に放ると、なにを思い立ったのか、筆箱を取り出した。 黒いマーカーで、カウンターになにやら落書きをしている。 「しゅうまいハウス」という文字と、今日の日付だった。 「家出記念」 州は笑うと、そのまま膝を抱えて、まだ真新しいプラスチックの壁に寄りかかった。 菓子や惣菜などを買い込んだくせに、それらには手をつけず、ガラスのはめられていないおもちゃの窓から、外を見ている。 枚田は、菓子パンを齧りながら、彼をどう説得しようか考えあぐねていた。 そしてその沈黙を敏感に悟ったらしい彼は、先回りしてこんな提案をしてきた。 「マイ」 「ん?」 「このままここに住もうか」   州は、小さな顎をダッフルコートに埋めて、上目遣いでこちらを見ている。 枚田がどう出るかを伺っているのだろう。 「無理に決まってんじゃん。夜とか凍え死ぬよ」 予想通りの返答なのだろう。州は力なく笑っただけで、食い下がってくることはなかった。 そんな彼の気弱さが、枚田の胸を震わせた。 「でも、一緒に住めたらきっと楽しいだろうけど」 枚田が言うと、州はカウンターに頬杖をついて、空を見上げた。 「だな。ゲームし放題、お菓子食べ放題」 「うわー、なにそれ。天国じゃん」 その空想にしばし夢心地になったが、すぐに現実へと引き戻された。 彼を連れて帰すにはどうしたらいいのか——環のためにも、なるべく早急に考えなくてはならない。 枚田も菓子パンの包みをビニール袋に放ると、つま先を彼のつま先にぶつけて、歩み寄った。 「州。今は無理でも、大人になったら一緒に住もうよ」 「大人って?」 「うーんと、大学生になったらかな?」 大学まで行ったらあとは好きにしていい。 親が反抗期の姉に、そんなことをよく言っているから、おそらく一般的に、自由になるタイミングがそれなのだろうと、枚田は思っている。 「大人になって友達同士が一緒に住んでたら変じゃない?」 「そうかな」 家賃を浮かすためにルームシェアをする者もいると聞くが、州にはピンとこないのだろうか。 枚田はふとその横顔を見た。 今日の彼は妙にしおらしくて、いじらしい。 ひとりで出て行くと言っておきながら、枚田がついてくると安心し、身を寄せてきたりもする。 そんな彼を見ていたら、ふたたびざわざわとした感情にとらわれた。
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