儀式

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「そうだったらもっとやだな。好きでもない奴が、匂いにつられて寄ってくるなんてさ」 彼は隣に並び直し、膝を伸ばした。 「早く抑制剤打ちたい。なんで俺、Ωなんだろう……」 そう吐き捨てた彼の背中を、枚田はゆっくりと撫でた。 「でも、州がΩじゃなかったら、俺たち番になれないじゃん」 彼はなにも言わなかったが、ふたたび吐き出された吐息に、恐怖は滲んでいなかった。 こちらにすべて告白してしまったことで、いくらか安心したのかもしれない。 「さっきので、なれたかな」 「え?」 彼はそう言いながらうなじに手を当てて、噛み跡をなぞった。 爪先から、赤い歯形が見え隠れした。 枚田は、州の腰を掴んでふたたび引き寄せた。不安を解消するためというよりは、愛おしさゆえの行動だった。 「州、積田を辞めさせよう」 「辞めさせられるの?」 「親にちゃんと話せば、きっと大丈夫」 曖昧な返答に、不安になったらしい。州は膝をぴったりとくっつけてきた。 「もし辞めさせられなかったら?」 「そうしたらまた家出しよう。今度は俺が州を連れて逃げるよ」 そう言ったとき、州はくたりと寄りかかってきた。 全身の力を抜いて、すべてを枚田に委ねるような、そんな歩み寄りを感じた。 ——それから2人揃って帰宅し、州は親に一部始終を話した。もちろん、その報告には枚田も付き添った。 州は翌日、学校を休んだが、翌々日からいつも通り登校するようになった。 あの家出騒動以来、積田を学校で姿を見かけることはなくなった。噂によると、州との一件以外にも前科が色々と出てきて、大問題になったらしい。 枚田は噛み跡が残ることを気にしていたが、彼が再登校した日にはすでに消えてなくなっていた。 ——それからふたりは5年生に進級し、クラスが分かれた。
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