予兆

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予兆

陽の光をたっぷり吸い込んだうなじや二の腕がひりつく。 化繊のTシャツは汗を含んでいるせいか、なんとも言えない匂いがして、枚田は歩幅ひとつ分、距離を空けた。 「なんだよ」 カップを差し出しながら、州が不服そうに唇を尖らせる。 それから、せっかくあけた距離を詰めてきた。 「俺、汗臭いから」 「大丈夫。いつもだから」 「ひどいなぁ……」 彼の白い膝頭が眩しく、自分のそれとはまったく異なることに驚愕する。 擦り傷やアザだらけだし、日焼けのせいでえらく乾燥している。枚田はクォーターパンツの裾を手で引っ張り、なんとなく膝を隠した。 「ほら、溶けるよ」 カップを受け取りながら、枚田は躊躇した。 「いいの? こんなに高いの」 「しっかり選んでおいて、今さらそれ言う?」 州は笑いながら、自分の分の蓋を開けた。 ふたりで帰宅する最中、買い食いを提案してきたのは州だった。アイスを奢ってやるとは言われたが、まさかハーゲンダッツだとは思わなかったのだ。 「ありがとう」 枚田は素直に礼を言ってから蓋を開けた。 ——約束通り、州は練習試合を観にきた。 対戦相手は隣町の中学校のテニス部で、いずれも部長と副部長同士のペア。レベルも互角だった。 州が見ているという緊張もあったせいか、最初のセットは奪われてしまったが、2セット目はなんとかこちらが獲得した。それから、また相手が奪って次に奪い返すという流れを繰り返し、迎えたファイナルセットはまさに接戦だった。 最後に勝ち取った時はギャラリーから歓声が上がり、練習試合といえど、それなりに盛り上がりを見せたのだった。 「まあまあだったな」 「え?」 「試合」 言われて、枚田は咥えたスプーンを落としそうになった。 彼が素直に褒めることはまずないから、「まあまあ」というのは、最高レベルの賞賛に値するはずだ。 「負けたら州にアイス奢らなきゃなんないから、必死だったんだよ」 「どんだけ貧乏なん」 舌の上で、アイスクリームが溶けて広がっていく。濃厚で甘い、州から受け取る賞賛。 うまくいってよかったと、枚田は心の底から思った。 唯一、彼に勝てるもので、それも彼の目の前でベストを尽くせたことが、ただただ嬉しい。 駅前の広場で食べるアイスは高級品だし、それに、隣にいる州も機嫌がいい。 昼間はまだ春先とは思えない暑さだったが、夕方の風はほどよくひんやりとしていて、心地がよかった。 最高の1日になったと、この瞬間までは思っていた。
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