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ふたたびはっきりと捉えた時、州はもうすでに枚田の下にいた。
白いスラックスは床に落ち、シルクの側章が彼のくるぶしで波打っている。
「あっ、あっ……」
州は小さく喘ぎながら、大理石のシンクに爪を立て、抑えきれなくなった枚田の怒りを、体内に受け止めている。
「うっ、はぁ……っ」
枚田が最中、ずっと連呼していたのは「ひどい」のひと言だった。
しかし、ひどいのはどちらなのかと、今となっては思う。
「や、あぁっ」
州が力ではこちらに勝てないことをわかっていながら、彼を洗面台にうつ伏せにし、凌辱する。
最低なやり方で、彼のハレの日をぶち壊しているという自覚はあった。
「州」
細いうなじに指を当てた時、これまで動じなかった彼の体が、微かに強張るのを感じ取った。
「待っ……」
「ここ、噛むよ」
怯えで震えたその声は、何度か激しく突いてやると、違う種の震えに変化した。
やがて絶頂が近づくと、彼のうなじに舌を這わせて、あたりをつけた。
「あ……っ」
そして、躊躇せずに噛みついた。
犬歯が州の皮膚に食い込む、その心地よさ。
柔らかい肌を突き破り、痕を刻み込む快感。
「州はひどい……」
果てて、彼の体に重なりながら、タキシードに吹き込んだ最後の言葉も、やはりそれだった。
うなじに歯形をつける行為——それはまさに州がこれから結婚相手と行なうはずの儀式だ。
見ず知らずの男に奪われるぐらいならと、20年分の独占欲を、彼に刻んだのである。
州はなにも言わなかった。
白いシャツが血で染まっていくのを目にして怯み、枚田はそのまま逃げるようにして会場を去った。
それから数年後——州はその相手と破局し、枚田は同僚の女性との結婚が決まった。
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