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「いいよ、呼んできて。家に上げて」
「え、でも」
「また来られても迷惑だし、連絡先も教えたくないから。今日ですっぱり終わらせる」
面倒くさがりな州のことだ。体調不良ということもあり、時間をかけて話し合うつもりはないはずだ。たぶん追加で金を支払う気なのだろう。
誓約書みたいなものを一筆書かせて、二度とくるなと念を押すのかもしれない。
ただ、その事実を、彼は絶対に認めないだろうが———
「俺もいるよ」
「いいよ。5分で終わらせるから、マイは帰れ」
立ち合わせたくないということはたぶん、枚田の予想通りの展開になるはずだ。そうでもしなければ、あのしつこい三上をあっさりと納得させられるはずがない。
「じゃあ外で待ってる。15分経っても三上が出てこなかったら、また見にくるから。鍵かけないでね」
枚田はそれ以上は食い下がらず、立ち上がった。
振り返り、州の顔を見る。
気怠げで、不謹慎だが色っぽかった。
「マイ」
「ん?」
「俺、なんか匂いする?」
真っ直ぐにこちらを見るものだから、なにを言うのかと思った。
「またそれ? 気にしすぎだよ」
軽く返したものの、州の瞳の奥は動かなかった。静けさを保ちながら、彼の内部でなにかが起きているような——微かなざわめきを受け取り、笑みが緩む。
声をかけようと口を開きかけたが、先に目を逸らされてしまった。
「もういいから、行け」
背を向けられ、言い放たれて、枚田は仕方なしにドアノブを握った。
今のやりとりで、一体なにが変わったというのだろう。
しかし、なにかが変わったことはたしかで、ふたりの間にというよりは、州のなかで生じたことのような気がした。
振り返ろうと思ったが、なんだか怖じ気付いてしまい、枚田は結局、そのまま部屋を出た。
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