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たかがα
白石と書いてある表札を睨みつけながら、枚田はその場で足踏みをした。
——いくらなんでも遅すぎる。
スマートフォンの時刻を確認して、心がざわめいた。
枚田と入れ違いで三上が家に入ってから、すでに30分以上が経っている。
枚田が自宅にスマートフォンを取って戻ってくるまでの、ごくわずかな時間に終わったのかとも思ったが、州にメッセージを送っても、電話をしても応答はなかった。
おそらく、三上はまだ部屋の中にいるのだろう。
——州がもしお金で解決してしまったら最後、今後もずっと付き纏われるに決まっている。
それを阻止するため、三上が出てきたら、問いただして金を返してもらおうというのが枚田の算段だった。
その会話を録音するために、わざわざスマートフォンまで取りに帰ったのだ。
枚田は腕組みをしながら玄関のドアを見つめた。
本当は、州のいないところで三上とけりをつけるつもりだった。
しかし、今は中にいる州のほうが心配だ。
迷った挙句、結局はドアノブを引いた。
——玄関には案の定、三上の靴が転がっている。
枚田はそっと足を踏み入れ、音を立てないように州の部屋へと近づいた。
ふたりの会話を録音できれば、今後有利に働くかもしれない。それから、スマートフォンのレコーダーを起動する。
州の部屋のドアは完全に閉まっていた。
空気がまたさらに重くなっていると、枚田は思った。
隔てているものがあるにもかかわらず、湿度、それから熱気のようなものが、廊下にまで漏れてきている。
それは、州ひとりの熱ではなかった。
床を這う熱は足のひらをにぶく温め、嫌な記憶を引き寄せる。
歩を止めると、スプリングの軋む音が、小刻みに鳴り響いていた。
きし、きし、きし
単調なリズムが、枚田の心をかき乱していく。
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