たかがα

2/8
前へ
/193ページ
次へ
衝動的にドアを開けると、三上が州に覆いかぶさるかたちで、重なり合っていた。 「州?」 まるでこちらの存在など認識していないかのように、一定のリズムを保ち続けている。 スプリングの軋む音に調和するように、生々しい音が絡み合う。 はっはという息づかい、肌のぶつかる音。その異様さに圧倒されて、枚田はしばらく言葉が出なかった。 「なにしてんだよ!」 間を挟んでようやく我にかえり、枚田は三上の肩を掴んで州から引き剥がそうとした。 しかし、三上は動じない。その目にはなにも映っていないように見えた。ただ取り憑かれたように、州の肌にしがみついている。 「あっ、あっ……」 それは州も同じだった。 まるで意思をどこかに置いてきてしまったかのように無抵抗で、瞳は三上と同じ鈍色をしていた。 荒々しい呼気から漏らす声は単調で、しかしそれがかえって艶っぽくもある。 「州! 州!」 彼は枚田のほうをまるで見なかった。 「邪魔」 州のほうに気を取られていると、突然、三上に突き飛ばされた。枚田はわずかに宙を舞い、床に半身を打ちつけた。 その力の強さにしばらく呆然とし、傾いた視界のなか、貪るように肌を寄せ合うふたりを捉える。 「はぁ、あっ、あっ……」 情欲だけが蔓延し、枚田の正義感は恐怖に押し潰されてしまった。 「どうしたんだよ、州……」 相変わらず、ふたりとも枚田のことなど気にしていなかった。それどころか、肌を合わせている当事者同士ですら、互いが見えていないようだ。それがなんとも奇妙で、寒気がするのだ。 混乱をどうにか折りたたむと、やっと確信した。 2人は今、発情している。いわゆる、αとΩのもつ性衝動———— 枚田はゆっくり立ち上がると、部屋の外に出た。 それから、玄関のドアチェーンをかけて、廊下のすみに腰掛ける。 守るだとかそれ以前に、完全に場外であることを思い知らされ、虚しさばかりが降り積もる。 今のふたりとも正気ではない。それはわかっている。 定期的に訪れる州の体調不良は風邪ではなく、発情期によるものであり、なんらかの形で、おそらくαである三上のヒートを引き起こしてしまったのだろう。 しかし、こちらを一切見なかった州の、まるで人形のような顔を思い出すたび、打ちのめされそうになった。 それに、三上のあの力——いわゆる、ヒート状態だからなのだろうか。尋常ではなかった。あの腕で押さえ込まれたら、誰だって太刀打ちできない。 枚田はうつむき、ベッドの軋む規則的なリズムを拾った。 それは無限にも思えるほどに繰り返された。
/193ページ

最初のコメントを投稿しよう!

424人が本棚に入れています
本棚に追加