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「βだと、他人事でいいよな」
一歩遅れて、彼の苛立ちの根本をようやく理解する。
「他人事なわけないじゃん」
言ってから気づく。自分も彼同様、苛立っているのだと。
そしてそれを解消する手立てはないのだということも———
「俺だって情けないよ。いつも州に助けてもらって、何も恩返しできてない。今回の件だって、俺があいつを家に入れなければ……」
あんなくだらない男と州を接触させずにすんだ。
奪われなかったのに。
「お前がβなら……」
「え?」
「あの儀式も、意味なかったってことだな」
枚田は項垂れた。
数年前、家出した先の公園で、おっかなびっくり行なった、αとΩの儀式の真似事。
あの時は知らなかったが、本来は性交時、それも互いが絶頂に達した際に行わないと意味がないらしい。州ももうさすがに、その事実は知っているはずだ。
だが、それでもあえて言わずにはいられなかったのだろう。
枚田は、言葉を噛み殺すしかなかった。
意味がないなどという言葉で片付けられたくはない。州もそれは同じなはずで、煽るためにあえて言っているのだろう。
間違いなく、あれは神聖な儀式だった。たしかに、あれを機に、ふたりの関係は変わったのだ。
しかし、それは単なる精神論に過ぎない。
現に州は、ヒートで自制が効かなくなった三上に、危うく番にされそうになったのだ。
それに、あの男と未遂に終わっていたとしても、また別の誰かに奪われるだけなのかもしれない。
たかがαというだけの、別の誰かに。
「3週間経ったら一緒に検査薬しよう。付き合うから」
男性Ωの場合も、一応月経はあるらしいが、経血量が少なく、凝固して排泄物とともに排出されてしまうことがほとんどだそうだ。
だから男性Ωの場合、妊娠の有無は検査薬で判断するしかないらしい。
汚れていない方の手で頭を撫でる。彼はなにも言わなかったが、否定しているわけではなさそうだった。
「手洗って、タオル持ってくる。洗面所借りるね」
枚田はそのまま二階に上がり、洗面所ではなく、トイレに入った。
それから、ベルトを外してボトムスを下ろしてしまうと、自身を荒々しく扱いた。
気持ちとは真逆に引っ張られる、どうしようもない欲求が億劫で、それが膨らめば膨らむほどに、絶望は濃くなっていく。
澱んだ塊を吐き出し切るのに、そう時間はかからなかった。
枚田は手を洗い、タオルを手に取ると、州の部屋に戻った。
——その夏のテニスの大会で、枚田たちの学校は地区予選で敗退した。
三上は部活を辞めてしまったらしく、顔を合わせることも、試合で決着をつけることも叶わなかった。
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