ある冬の朝

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「マイにしか頼めないんだよ」 彼は真っ直ぐな視線を向けてきた。 媚びとも、純粋さともちがう——有無を言わせない力強さだ。 「でも、俺も塾が……」 見つめられ続けると、言い切る気力がなくなってしまう。 「最近、なにか州ちゃんに変わったことあった?」 「最近?」 変わったことはない。厳密にいうと、変化に気づくほど州に接していなかった。 今はお互いに受験勉強が忙しく、接するのは朝の登校時のみだ。 彼は朝、大抵機嫌がわるかったし、もともと口数も少ない。 それに加えて、最近では近づこうとして影が重なるだけで、噛みつかれそうな荒々しささえあった。 「マイと州ちゃん、喧嘩とかしたのかなって」 「してないよ。なんで?」 「最近うちに来なくなったじゃん。前はしょっちゅう来てたのに」 「いや、だからお互い受験だし————」 一応、言い訳をしてみるが、なぜかすべてを見透かされている気がしてならない。 別に彼がなにを知っているわけでもない。いくら聡明とはいえ、まだ小学生なのだから、思春期男子を取り巻く細かい事情などわかりっこないのだ。 しかし、この目で見つめられると、どうも調子が狂ってしまう。 「喧嘩したわけじゃないよ。どっちかというと州が俺を避けてんの」 「避ける? なんで?」 「うーん、愛想尽かされちゃったのかな」 州がよそよそしくなったのは、三上とのことがあった後——検査薬で陰性を確認した後ぐらいからだろうか。 何せ、彼はいつも不機嫌だった。 理由を問うと、寝不足だとか、疲れているという短い言葉が返ってくるばかりで、取り付く島もない。 会話は一向に弾まなかったが、枚田が黙るとますますむくれるから、枚田はたいした反応ももらえないまま、一方的に話題を振り続けるしかなかった。
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