きみのすべてに

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「あの時はまだよくわかんなかったし、理由がないといけない気がしてたからああいう風に言ったけど——そんなん、シンプルなことだよ」 「シンプルって?」 「単に州に触りたかったんだよ」 「なんで?」 まるで裁判にかけられているみたいだと、枚田は思った。 意地悪なのか、答えをはっきりさせたいのか。それとも本当にわからないのか——彼の目には一寸の濁りもなくて、だからこそ戸惑う。 しかし、はっきりさせるまで彼の問いが止まることはないだろう。 「純粋な欲求だよ。昔から俺は、州に触りたいし、触ってほしいと思ってたから」 州は剥き出したままの両膝をゆらゆらと左右に揺らし、まつ毛を伏せた。 「触られたいってどういうこと?」 「え?」 「シコってほしいってこと?」 「え、いや——それだけじゃないけど……」 間違いではないので、曖昧な返答になってしまう。しどろもどろになっている枚田を見て、彼は吐き出すように笑った。 「やだよ。なんで俺がマイに触んなきゃなんないの」 「別に触れなんて言ってないじゃん」 侮蔑じみてはいるが、これが州の、いつもの通りの反応だ。 慣れてはいるが、今の流れだと、どうしたって感情が引っ張られてしまう。 州は、そんな枚田の心情をなぞるように、ゆったりとした視線を寄越した。 「俺に触りたいの?」 枚田は唇を噛んだ。 馬鹿正直に答えて、また屈辱的な思いをするのは嫌だった。 「どうなんだよ」 枚田が答えないでいると、彼が急かしてくる。だからなるべく感情的にならないよう、枚田は真っ直ぐ前を向いた。 「もう別にいいじゃん、そんなの」 嘘はつけない性分だから、はぐらかすほかない。 彼の視線は、視界の片隅に入ってはいたが、枚田はあえて合わせなかった。 そのうちに州も前を向いた。そのままテーブルに置いた紙コップを手にとった時は、諦めてくれたのだと思いかけた。 しかし、視界の隅に映る州は、なにやら不審な動きをしている。耐えかねてそちらを向くと、彼は紙コップをわざと傾けていた。 カップから溢れた液体が露出したままの彼の膝を伝い、わずかな膝頭の窪みに白濁の池をつくる。
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