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「州ちゃんの行きそうなところ、心当たりない?」
「ないよ」
「ないなら連絡してあげてよ。電話は通じるみたいだから。どうせ、そう遠くになんていってないはずだから、大丈夫」
「でも、今さら州に会ってどうしろっていうの。俺、もうすぐ結婚するんだよ……」
州の失踪癖は、今に始まったことではない。
家出少年というわけではないが、ごくたまに姿を消しては、周囲を騒がせていた。
それも失踪するのは決まって大事なイベントのある日で、枚田はそれを犠牲にしながら彼を探したものだ。
「マイじゃないとだめなんだって」
そして、今回はこれだ。
枚田はグラスから手を離し、椅子にもたれかかりながら察した。
州は間違いなく、枚田のハレの日をぶちこわそうとしている。3年前、自分がされたのと同じように———
「州ちゃんね、首にあの時の傷跡が残っちゃったんだよ」
ゆったりと優雅にとどめを刺されて、枚田は口をつぐんだ。
それから、彼の肌を引き裂いた犬歯を舌でゆっくりとなぞって、あの時の強さがどの程度だったかを思い出そうとした。
「あれじゃあ、結婚はもう難しいだろうね」
枚田は首を垂れたまま、ふやけたコースターにプリントされた「Enjoy!」というロゴを見つめた。
俯いたままでいると、視界に環の指先が入り込んできた。
彼は枚田を覚醒させるために、テーブルを指の第二関節で数回、小突いた。
「責任取れって言ってるわけじゃないからね? 州ちゃんは難ありな性格だから、どっちみち結婚には向かないだろうし」
「じゃあ……」
「マイも、州ちゃんとこのままの状態でほかの人と結婚するのは後ろめたいでしょ。一度話し合って、お互いにすっきりしたほうがいいよ」
話し合う? 一体なにを?
州は単に面白くないだけだ。
「話し合うことなんてないよ」
「またそういうこと言う」
「だってそうでしょ。俺を一方的に振ったのは州だよ」
この数年間、どうにかして離れることができた。
努力して波打つ情緒を平たく引き延ばし、その代わりにくだらない平穏を手に入れた。
それをまた投げ捨てろというのだろうか。
州の気まぐれで。またいつもの幼稚な独占欲で——
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