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「……もったいない」
思わず呟くと、彼は大きな目を吊り上げて、こちらを睨んできた。
「は?」
「いや、その気になれば誰とでも付き合えそうなのに、州は勉強ばかりだからさ」
途端、ますます機嫌が悪くなり、枚田は焦った。
しかし、州の視線はやがて足元に落とされ——それから怒りのようなものが消失した。
「マイは」
「え?」
「誰かいんの。付き合いたい奴」
電車が到着して、会話は一時中断される。
彼の前髪が舞い、丸くてきれいな額が露わになるのを見届けてから、車内に乗り込んだ。
「どうなんだよ」
吊り革につかまってやり過ごそうとするが、肘を小突かれ、催促されてしまう。
「そんな人いないよ」
「ふうん。彼女ほしくないわけ?」
「別に……」
枚田は吊り革を握りしめながら、苦味を噛み潰した。
こちらのほしいものが何なのか、わかっているくせに。
あえて窓の外に視線を向けたままでいると、窓ガラス越しに彼がにやついているのがわかった。
——進展すると思っていたふたりの関係は、未だ足踏みしたままだ。
前進しようと片足を上げるたび、州にかわされる。満足に会うことさえできなくなって、枚田の不満はたまる一方だった。
「ん?」
窓ガラスに目をやると、すぐ隣に立っている女性ふたりと目が合った。
ともに港高校の生徒で、いつもこの時間に乗っている。3つ先の、枚田達が乗り換えに利用する駅まで一緒のはずだ。
彼女らも例に漏れず、毎日、露骨な視線を投げてくる。今日に限っては、まとわりついてくる好奇心に、苛立ちさえ感じた。
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