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ある日の夜、彼が珍しく家に来た。理由を尋ねてみても、返ってくるのは「ただなんとなく」。それだけだった。
湯上がりの火照りと石けんの匂いをまとった肌は赤みがさしている。
乾かしたての髪はサラサラと額を覆っていて、いちいちいい匂いがした。
「マイんち久々ー」
彼は無遠慮に枚田のベッドに寝そべり、伸びをする。
Tシャツから覗く臍も、ハーフパンツからのぞく膝も、すべてが計算付くだった。
「あー、このまま寝ちゃいたい……」
無邪気さのない、はっきりとした煽り。
その唐突な振る舞いに、枚田は戸惑った。ただ、日々に追われて疲れ果てた彼に行動を起こさせた一因に、早稲田萌の存在があるのはたしかだった。
「勉強はいいの?」
「たまには息抜き」
その挑発に乗るように、裾が捲れて大胆に露出した太ももを眺めた。
膝小僧を捉えると、体の芯が疼いてくる。
「まあ俺は、全然いいけどさ」
隣に腰掛けると、間もなくして彼の足のひらが、枚田の尻とシーツの間に滑り込んでくる。
突然のスキンシップにたまらなくなり、枚田は彼のふくらはぎから膝裏までを手のひらでなぞった。
「くすぐったい」
州は拒絶しない。
だから今度は、膝頭から太腿までを撫でてみる。彼は軽く身をよじるだけで、やはり拒まなかった。
「マイさー、付き合いたい子はいないって言ってたじゃん」
「うん」
「でも、やってみたいとは思うの?」
州の唐突な質問に、枚田はどう返事をしようか迷った。しかし、今の問いにからかいじみたものは感じられない。
「それはまぁ、思うよ……」
「ふーん」
「誰とでもってわけじゃないけど」
このまま強引にいけば、関係を進められるだろうという確信めいたものが、ふと枚田のなかに芽生えた。
彼の目は潤んでいて、どこか自信なさげに映った。
「誰ならいいわけ?」
そして、その問いには、期待めいたものが含まれていたようにも思う。
しかし、枚田はこの時、図に乗っていた。
また、自分の価値を高く見積りすぎてもいた。
早稲田萌をだしにして、州の本音を引き出したい。彼から求めてくることを——望んでしまったのだ。
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