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「んー、秘密」
そんな驕りが、彼の譲歩をあえて無視するという暴挙に走らせてしまったのかもしれない。
枚田は、スマートフォンの着信音に引き寄せられるように、州の肌から手を離した。
それから、彼に背を向けて、早稲田萌からのメッセージに応答する。
州の鋭い視線に背骨をなぞられるたび、枚田はいわれのない快楽に震えた。
自分が彼を、生まれて初めて蔑ろにしている——それは、今まで味わったことのない甘美だった。
「あのひと、飼育員でも目指してんのかな」
「なに?」
「よっぽどゴリラ好きなんだなって」
あのひとという呼び方に、わずかな敵意を感じて、枚田は浮かれた。
だから彼の方を見ず、画面に気を取られたふりをした。
「そのいじりしつこい。俺、別にゴリラ顔じゃなし」
返事をしたそばから、またすぐに新たなメッセージが来る。
「付き合うの?」
枚田は手を止めて、振り返った。
それはつまり、早稲田萌と、という意味だろう。
「どうだろ」
あえて曖昧にして、枚田は州の瞳の動きを読もうとした。しかし、彼もそこまで愚かではない。
次の瞬間、一切の光を封じて、感情をしまい込んでしまった。
そのとき、彼に少しでも動揺が浮かんでいたならば、枚田は即座に否定しただろう。それからスマートフォンなど放り出し、したい相手と、したいことをしたに違いない。
しかし、州が自ら閉じてしまったシャッターは強固で、こじ開けることは不可能だった。
ただなんとなく、後味のわるい気まずさだけが漂う。
途端、枚田は今のやりとりの一切を否定してしまい衝動に駆られた。
「息抜き終了ー。帰るわ」
「え、もう? まだいなよ」
「俺は忙しいんだよ」
枚田が引き止めるのも聞かず、州は部屋を出て行ってしまった。
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