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へんたい
その日の夜、州から呼び出された。
いまから来て。
それだけの内容に、どう返事しようか迷う。
できれば顔を合わせるのを先延ばしにしたかったが、拒絶したらなおのこと敗北感が濃くなってしまう気がした。
結局、返信はせずにそのまま州の家に向かった。
「早かったな」
州はちょうど風呂上がりらしい。シャンプーのにおいを燻らせながら、枚田の前を横切った。
下ろされたままのブラインドにふと目がとまり、昼間見たあの光景が、頭の中をよぎる。
「そこ座れば」
彼はデスクの椅子に腰掛け、ゆらゆらと揺れながら、ベッドに座るよう視線で合図をしてきた。
枚田は促されるままに腰を下ろしたが、なんだかシーツが生々しく感じられて、すぐフローリングに移動した。
部屋のそこかしこに早稲田萌の名残りを感じ、どうにも居心地が悪いのだ。
「今日のあれ」
「え?」
「見てただろ」
あぐらのなかで両手を擦り合わせながら、枚田は唾を飲み込んだ。
喉がからからに乾いている。
これだけ態度に出てしまっているのだから、もうごまかしようもなかった。
「うん、びっくりした。ふたりがそんな風になってるの、全然気づかなかったから……」
「別にどんな風でもないけど」
顔を上げると、目線が彼の膝すぐ近くにあった。
「……付き合ってないの?」
「ない」
「え、じゃあ————」
枚田が続きを躊躇っていると、州が続けた。
「あのひと、男なら誰でもいいんだな。マイが好きとか言いながら、俺から連絡したらすぐ来たよ」
「なんで連絡したの」
「しちゃだめなの? 俺だって連絡先、交換したし」
枚田は口をつぐんだ。
でも、だって———
その後に続く反論が出てこない。
「初めてやったけど、あんなもんなんだな。可もなく不可もなく。別にって感じだった」
州は彼女に好意があるわけではない。性的な好奇心が高まったわけでもないだろう。
これが、彼なりの報復なのだ。
枚田が少しでも浮かれようものならば、すぐに摘み取る。
それだけのために、早稲田萌を利用した。
実感した途端、胸糞悪い感情が込み上げてくるのだ。
枚田だって別に、早稲田萌とどうにかなりたいわけではなかった。しかし————
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