へんたい

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「初めてじゃないじゃん」 気づけばそう口にしていた。 回転していた椅子の動きが、ぴたりと止まる。 それ以上言ってはだめだと、頭ではわかっていた。 しかし、余裕ぶっていた彼が挑発に乗ったのを見て、ひそかに興奮したのも事実だった。 「三上にやられてるときは、すごい気持ちよさそうだったよ」 「は?」 怒っているのは、声だけでわかる。 枚田は、目線の高さにある膝小僧を見つめた。膝がかすかに震えているのを確認すると、もう止まらなかった。 「州はどっちがよかったの? やるのとやられるの——」 瞬間、呼吸が止まり、視界がぶれた。 俯くと、みぞおちに彼の足がめり込んでいる。よろめき背後に手をつくと、今度は踏みつけてきた。 たまらず咳き込んでも、彼は構わず続けた。 「マイは、俺のこと馬鹿にしてたんだな」 「そんなこと……」 否定しかけたが、腹部を圧迫されて声がぶれる。 馬鹿にするつもりなどはなかった。ただ、州の感情を少しばかり揺さぶりたかっただけだ。 心のなかにわいた蒸気のようなものが、枚田を不穏にさせ、らしくない発言を吐き出させたのだった。 「所詮、βのお前にはわかんないよな。抑制剤が打てないこととか、飲み薬の副作用とか——自分の意思関係なく体がおかしくなることとか」 腹筋に力を込めて堪えるが、彼は容赦ない。衝撃に耐えきれず、後退りするようにして倒れた。 冷たい視線とつま先の攻撃は、それでもしぶとくついてくる。 歯を食いしばると、口のなかに唾液が込み上げてきた。 「ごめん。そんなつもりじゃなかった」 しかし、枚田がやっと詫びた時にはもう、彼の目から怒りは消えていた。 瞳が、黒く光る。 変わらず足の平で枚田の脇腹を踏みつけてはいたが、先ほどのような圧迫感はなかった。
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