空気を編む

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* それからというもの、州が発情期になると、しりとりをして夜を明かすのが恒例になった。 彼が学校を休み、気持ちが最も塞いだ時は環から連絡が入る。 それを合図に枚田から連絡をして、ゲームを始めるのだった。 しりとりは、あるときは食べ物縛りだったり、またある時は会話でつなげるルールにするなどしてカスタマイズしていたが、スタートはかならずいつも「しゅうまい」からだった。 また、その一件を境に、ひとつ変わったことがある。 州に対し、露骨な性欲を向けなくなったのだ。 もちろん、それが失われたわけではないし、かといって、ほかに相手ができたわけでもなかった。 州の抱える悲しみや苦痛は、枚田の胸にしこりをつくり、欲求に罪悪感という重りを吊るした。 それに、あの時の彼の叫び。 どっかのαとなんか、番にならない———— 意志の強い彼のことだ。きっと大人になっても、よっぽどのことがないぎり、信念を曲げることはないだろう。 自分がαであれば、彼を救うことができたのだろうか。 そう思うたび、枚田は自身が非力なβであることを実感させられた。 何もしてやれないからこそ、幼なじみとして、その小さな役割をまっとうしようと思った。 ——州とは、朝の通学としりとりをするだけの関係が、1年ばかり続いた。 州は進級するとますます勉強が忙しくなり、彼の日常に入り込む余地がそれぐらいしかなかったのだ。 それに、津田高のクラスメイトは皆、通学時間さえも勉強に費やしているらしい。 だから枚田は、州がわずかでも時間を割いてくれることに、感謝しなくてはならなかった。 繰り返される、起伏のない日々。 貴重な青春を消費しているような後ろめたさはあったが、かといって、州と繋がっている糸を断ち切る気もない。 だから、枚田の日常は、州の背後でただなんとなく過ぎていったのだった。 それに、彼としりとりをして更けていく夜——彼から先に返信が途絶えたことへの安心感に抱かれて眠りにつくのも、わるくはなかった。 もう、青臭い欲望ばかりが浮かび上がっていたころとは違う。訪れるのは、ただ穏やかな感情ばかりである。 枚田はこのとき、精神的な愛の尊さに酔いしれていたのだった。
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